第9話 白の貴公子(2)

文字数 2,153文字

「テプロ小軍長入ります」
「うむ。入り給え」
 一気に場が華やかになった。真っ白に透き通るようなプラチナブロンドの長い髪。切れ長の目とスッと高い鼻。
 美形の若者だった。その後ろに大柄で少し愛嬌のある顔をした男が付き従っている。
 テプロ・アランスト。噂に聞いたことがある。名門貴族の出身でありながら、軍人になった男と聞く。
 さらに十九歳の若さながら軍才に溢れ小軍長の位を与えられたとのことだった。
 その容姿と名門貴族の出にふさわしい気品あふれる振舞いから、人々は彼を白の貴公子と呼んでいた。
「マルホード将軍だ。挨拶したまえ」
「テプロ小軍長です」
 貴公子はサッと敬礼した。
「第七騎兵団団長のマルホードだ」
 ゆっくりと右手を上げる。
「小軍長、掛けるがよい」
「はっ、失礼します」
 サマンドに促されテプロは椅子に腰掛けた。殺風景な部屋が一層この男の華麗さをを引き立たせている。
「将軍、テプロ小軍長を引き会わせたのは他でもない。貴殿の第七騎兵団に小軍長を入団させてほしいのだ」「ほう」
 テプロは第一騎兵団に所属していた。第一騎兵団は貴族から構成されている。主な任務は首都防御と周辺の町々の警邏活動で、前線に出ることは滅多にない。
「アランスト家といえば、かなりの高貴な家柄。その御曹子を危険な目に合わせるのは、いかがなものですかな」
 第一騎兵団とは違う。常に死と隣り合わせの前線に立つのが我が第七騎兵団だ。スリルを求める若い貴族の戯れ言に付き合う暇はない。マルホードは遠回しに断った。
「将軍の懸念は尤もだ。だが小軍長の能力は私が保証しよう。当然、戦場で死を迎える可能性があることも了解済みだ」
「ですが、高貴な生まれの方を前線に連れていくのは、気が引けますな」
「発言の機会を頂いてもよろしいですか」と、テプロが求めた。
「いいだろう。発言を許可する」
「ハッ」
「恐れながら、マルホード将軍。ローラル平原での戦いは機動力が重要。私が率いる手勢、五百は全て騎兵。決して足手まといにはなりますまい」
 この発言にマルホードは驚く。
「司令官、先程の作戦のこと。テプロ小軍長は既に聞いているのですかな」
「いや、この作戦は機密事項。知っているのは我々だけだ」サマンドが答える。
「ほう、ローラル平原へ侵攻する作戦があるのですね。それは存じませんでした」
 当てずっぽうとは思えなかった。この男、若いが油断ならぬ男だ、と思わざるを得ない。
「私はマルホード将軍の軍歴のことを申しておるのです。かつてローラル平原遠征に三度、参加されていること。次にローラル平原遠征がある際は将軍以外に適任者はおりますまい。その時はお役に立てると自負しております」
 テプロは臆せず平然と説明する。
 マルホードは少し考え込む。確かに騎兵は必要だ。しかし、白の貴公子と異名を取るこの男、果たしてどこまで信用出来るか。
 この話、アランスト家とサマンドの間でやり取りがあったに違いなかった。純然な軍人であるマルホードに取って、政治的思惑に巻き込まれるのは面白いことではない。
「テプロ小軍長。一つ聞きたいことがある」
「ハッ、何なりと」
「貴公、何故、軍人になったのだ。アランスト家といえば王家に繋がる高貴な血筋。何も危険な戦場に出ずとも、その身は安泰であろう」
 テプロはフっと微笑む。
「将軍のご疑念は御尤もなこと。ただ、国王陛下への忠誠心、祖国の行く末を案じる気持ちに家柄は関係ありますまい。国民が血を流している間、貴族達が安穏と暮らしているのに私は我慢ならぬのです。むしろ、国王陛下のため、貴族が率先して戦場に立つべきと思っております。しかし、将軍もご承知の通り、私が所属する第一騎兵団は前線に立つことはなく、首都周辺の警邏活動のみ。私の考えとは相容れませぬ。どうか是非、私めを第七騎兵団に受け入れて頂きたくお願い申し上げます」
「それは真に殊勲な志だ。どうだろうか、将軍。テプロ小軍長の国王陛下、我が国を思う信念に免じて面倒を見てはくれまいか」
 サマンドに返事を迫られ、マルホードは決断した。
「分かりました。承知しましょう」
「おお、将軍、承知してくれるか」
「はい。ただし、我が第七騎兵団に配属となったからには家柄には配慮はしません。軍位のとおり、末席の将校の扱いとなるが、それでも良いか、テプロ小軍長」
「全くもって至極当然のこと。有難き幸せ」
 テプロは敬礼をした。特別扱いしないことを初めに念押しをしておく必要があった。恐らく貴族出身のテプロのことを他の将校たちは快くは思わないだろう。  
 軍の規律に支障が出るようであれば、飼い殺しのような状態にせざるを得ないことも予測された。
 まずは、様子を見て、この男の本音を見定めることとした。
「では、テプロ小軍長は退席してよい。それと、先程のローラル平原遠征の話、決して他言無用ぞ」
「ハッ、口が裂けてもこのテプロ、他言はいたしませぬ。また、後ろに控えておりますライトホーネ軍長についても私目が責任を持って箝口令を敷きます」
 テプロの後ろに立っている大柄でユーモラスな顔をした男はサッと敬礼した。
「それでは失礼致します」
 退室する白の貴公子の後ろ姿を眺めながら、それにしても、何事も一筋縄では行かぬものよ、とマルホードは改めて思うのだった。
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