『水槽に浮かべる』(ケセド「楽園外のセフィラ;第4の話」)

文字数 1,192文字

面白いものを貰った。
家に帰ってヒナにそれを見せたら、案の定彼女は知らないようだった。
「これはお風呂に入れる物だよ」
「お風呂に?」
「湯船の中に入れると溶ける。ゆっくり浸かる為の入浴剤だって」
「浸かる……?」
心底不思議そうな顔をしたヒナの返事に、唐突に嫌な予感がした。
*****

「風呂場にある湯船は何の為にあると思う?」
「体を洗う為のお湯を溜めてるのだと」
*****

 出会うまでにヒナが置かれていた環境は知っている。
 だが、書類や調査で示された端的な事実以上に劣悪な事情を知る度、言葉にするのが難しい苛立ちが到来する。もちろん彼女に対してではなく、過去の彼女の元親類縁者や近所の者達、その他の関わった全員に対してだが。
 2度と関わらせないにしても、過去は消えない。
 だからせめて、今から先の全部は自分が、と思う。
 それはともかくとして、今は非常に繊細な問題が立ち塞がっている。
「ヒナ……確認したいことがあるけれど、僕が確認しない方がいいのかもしれないね」
「え? どうしてですか? そんなものはないと思うんですけど」
 不思議そうにこちらを見てくるヒナは、本気でそう思っているようである。実際、風呂という年頃の少女にとって本来異性が尋ねるには配慮が必要な話題であっても、今のヒナでは疑問すら感じないかもしれない。
 そういう部分を利用するのは簡単だったけれど、それは自分のやり方ではない。
 未熟で未発達な心につけこむのは、大人の狡さ以前の問題だ。
「駄目だよ。そういう線引きは大事だからね」
「そう、なん、ですか」
「とりあえず、そうだね。サクヤに連絡してお願いしよう。ヒナは、サクヤと一緒にお風呂に入ることに抵抗はある?」
「え? 私は、ないですけど、サクヤがどうかは」
 殊更不安げにするのは、サクヤのことを心配してだろう。確かに、セフィラである自分が頼んでしまう時点で、仮に嫌なことであっても多くの人は了承してしまう可能性はある。が、ことあの少女に関してなら、まず「本当に嫌ならそう言うだろう」という妙な確信があった。
 親であるビャクヤもそういう性格をしているせいかもしれない。
 だがヒナにそれを言っても仕方ないので、思い直す。
「じゃあ、ヒナから頼んでみなさい」
「私が!?」
「僕に、風呂の入り方について勉強するよう要求されてるからって。もしサクヤにその気がなくても、それなら必要なことは口頭で教えてくれるだろう」
「あ、そっか。そうですね」
 実のところ、多くの問題に関して、自分よりヒナから頼まれる方があの少女は断りづらいのではないかと予想されたが、敢えてそれは言わなかった。
 どちらにせよ、この程度なら恐らくサクヤは断らない。
 どころか嬉々としてこの家にやってくるだろうから。
「これの使い方も、サクヤに教えてもらいなさい」
「はい」
 入浴剤を渡しながらそう締めれば、ヒナは両手で受け取りながら頷いた。
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