『お前の話だよ』(イワツ「不完全交流異端」)

文字数 2,028文字

魔王は指名制だ。
公爵2名による指名となっているが、片方はほぼ不参加。
だから残る1名が、その時々で、最も公爵たちに近い魔力を持ち、最も世を乱さなそうな奴を指名する。
魔力量なら公爵の片方が襲名するしかないが。
どうしても魔王にしたくない存在がいるので、今の形で落ち着いている。
*****
「イワツに聞いたが、魔王にしたくないって誰だ」
「そりゃアイツのことだぞ、姫さん」
*****

「だって姫さん、考えてみろよ。アイツが魔王になったらどうなると思う?」
 タカトの言葉にマイラは思考を巡らせる。
 幼い頃から自分のそばにいた魔族のことを、マイラは過小評価も過大評価もしていない。少なくとも自分自身に対してイワツが振る舞う様はそのまま受け止めてきた。他の誰かにとってのイワツはともかく、彼女にとってのイワツ像は。
「……ふむ。枕だな」
 実のところ、タカトの認識と大差はない。
 あえて差を挙げるとしたら、その力量に対しての認識が大幅に異なるのだが、これは彼女が人間であることが大きく影響していることをタカトも理解している。
 えてして、力が強すぎるものは、か弱いものに対して気を配るものだ。
 人が羽虫を潰す程度の力で、タカトたちは人を潰してしまえる。それだけの違いがある存在同士が一緒に暮らす上では、細やかな配慮は欠かせない。そんな配慮をされている前提の人の認識が、実際より低めに見積もられるのは当然だった。
 だがそんな力量に関しての認識以前に、アレは枕すぎる。
「全吸血鬼の吸ピロー鬼計画、なんてものを打ち出しそうだ」
「…………姫さん」
「あるいは、世界に枕を増やすための大々的な製造計画とか、定期的に世界中から枕を回収して献上する規則とか、より良い枕を生み出すための平和的世界支配とか」
 マイラの言葉に、若干青ざめながらタカトは落ち着くために一息吐いて、前髪をかき上げ言う。
「さすが、よくわかってるじゃねーか。てか、アイツから何か聞いたのか?」
「いや何も聞いておらぬが、どうした?」
「当時のアイツ、それ全部やろうとしてたからな」
「…………」
 まさか、と言おうとして、自分の知るイワツならばやりかねないと思ってしまったマイラは絶句した。
 言葉の出ない彼女に、長く2名体制が続く公爵の片方である青年は、深々としたため息をこぼしながら、話を締める。
「そりゃ、吸血貴族全体が全力で阻止に回るだろ……」
 至極もっともなその言葉に、マイラは何も言えなかった。


 ずっと昔。
 吸血鬼族の爵位の段階がもっと細かかった頃、魔王の決定は各々の思惑が絡み合って常に騒乱の元になっていた。
 力社会であるとはいえ、多くの場合複数で責められたり裏をかかれたりすれば、どんなに強力な吸血鬼だって寝首をかかれる可能性は残っている。そんな下克上の繰り返しで、魔王の地位は非常に不安定なものだった。

 ある時に、非常に大きな騒乱が起きる。
 吸血鬼の数を半減させるほどに大きなそれが人間の数も大量に減らすにあたり、さすがに見かねて口出しすることに決めたのが、ずっと傍観を決めていた当時の大公タカトだった。その際に巻き込んだのが、大公の中でももう一名いた、自分と同じように魔王争奪戦には一切の興味を示さない者であるイワツ。
 話を持ちかけた時にイワツが出した条件が「貴方のピローで手を打ちましょう」だった辺りは不安だったが、力量的にはタカトより遥かに強いイワツの協力もあって、無理矢理に貴族界隈を平定するに至った。
 その際に爵位を整理し、魔王の決定方法も変更したのだ。
 10近くあった爵位を5つにし、指名する者が曖昧だった魔王を、魔王に次ぐ最高位である公爵位からのみの指名とした。
 公爵についたのは当時2人きりだった大公であるタカトとイワツ。どちらも力は他を圧倒しているのに魔王位に一切の興味がないことから大公という地位を与えられ、見方を変えれば魔王になることを制限されていた。
 どの派閥にも属さなかったが故に、大公という地位に据えられ権力争いから省かれていたことになる。

 そんな2人が進んで事態を沈静化させた辺り、現実は皮肉なものだろう。
 タカトとしては自分が落ち着いて暮らすための環境作り、イワツは本人曰く「ピローを減らさないため」という、各々どうしようもなく身勝手な理由の干渉ではあったが。
 それでも、力こそ全ての吸血鬼界において、圧倒的強者の彼らが組んだことによって、強硬派の殆どは全滅あるいは沈黙を選ばされた。

 もちろんこのやり方には、最初こそ横暴だなんだと言う声もあったが、それが続かない程度には吸血鬼の価値観は力至上主義だ。
 度重なった争いのせいで吸血貴族の数が減っていたこともあって、人が数世代続く頃には制度も落ち着いて運用されるようになった。

 その過程において。
 あれこれあった想像を絶する枕的騒動のお陰で。
 吸血鬼全体で「イワツを魔王にするのだけは阻止しなければ」という認識が浸透したのは、言うまでもない。
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