『強い人』(春翔「春まだ遠く夜は明けず」)
文字数 1,215文字
外見はそっくりだ。
けど内面は完全に別物である。
彼の知る中であの女は、世界が滅んでも生き延びそうなほど強い人だったが、遥にはそんな強さはない。
ただ、違う意味で彼女もまた強い人なのだと知るのは、一緒に過ごしてから。弱いのに強い。変な子。
でも、惹かれたのは遥だったからだ。
*****
もう2度と触れないかも、とすら思っていた。
部屋で見つけた時だって最初は正直何も思わなかったし、他人の家のものだからというのもあるけれど、積極的に使わせてもらおうなんて事は思いつきもしなかった。どうでもいいとその時は本気で思っていたのだ。
それなのに白と黒の並ぶ鍵盤を再度叩いていたのは、あの夜の遥があまりに顔色が悪くて。
自分に何か出来ないだろうかと思った時、他に何の芸もない自分が出来そうな事はこれしか思い浮かばなかった。
でも、自分の音がどういうものかは自分が一番知っていたから、聞いた彼女から耳障りだと正直な感想を言われることは覚悟の上だった。気分が悪いのに更に変なもの聞かせるな、程度の暴言なら受け入れる余裕もあった。何しろ、この音を一番嫌っているのは自分自身だったから。
だから、しばらく黙って音を鳴らしている間に遥が眠ったのは完全に想定外の事だったし、ましてこの音の特徴がわかっててなお好きだなんて、時折遥の方から演奏を望まれるようになるだなんて、思っていなかった。
演奏には、己の全部が出る。
そう言ったのは過去に師事していた先生の1人だったけれど、自分でもそう思っていて。
正確なだけの冷たい音しか鳴らせない自分のピアノを、冷たいから良いだなんて真顔で言われた日には、受け入れられなかった自分自身をそっと撫でてもらったような気がしたし、下手なお世辞や褒め言葉よりも深い部分を掴まれてしまったのは仕方ない。
もっと遥のことを知りたい。
そういう気持ちが、触れたいにまで膨らむのはあっという間で。多分その変化の理由は、近づくほどに見えた遥の色々な姿によるものだ。少しでも何かが足りなければ、きっとここまで変わってない。
それでも、遥から拒絶されればきっと止まったのに。
変化する関係から逃げるほど、彼女は弱くない人だった。
遥が逃げないから、自分も逃げてはダメなのだろう。今も、この先も。
そう思うようになってから、日々鍵盤を叩く時間が増えてきた。
自分が好きになれない自分の音を聞くのが苦痛だったのに、遥が好きだと言ってくれてから、前よりも冷静に音を聞くことが出来るようになっている。恐らく今なら、ここに来る前と同じかそれ以上の演奏が出来るようになっているとわかる。
いつまでもこのままで、なんて無理な事はわかっている。子どもの時間は短い。
何より未来のその先を思うなら、現状維持なんて不可能だ。学校が有期限であるように、この時間にも限りがある。
他にできることなんてない。
でも。
終わりが見えてきた猶予期間の先を思うと、音が乱れた。
けど内面は完全に別物である。
彼の知る中であの女は、世界が滅んでも生き延びそうなほど強い人だったが、遥にはそんな強さはない。
ただ、違う意味で彼女もまた強い人なのだと知るのは、一緒に過ごしてから。弱いのに強い。変な子。
でも、惹かれたのは遥だったからだ。
*****
もう2度と触れないかも、とすら思っていた。
部屋で見つけた時だって最初は正直何も思わなかったし、他人の家のものだからというのもあるけれど、積極的に使わせてもらおうなんて事は思いつきもしなかった。どうでもいいとその時は本気で思っていたのだ。
それなのに白と黒の並ぶ鍵盤を再度叩いていたのは、あの夜の遥があまりに顔色が悪くて。
自分に何か出来ないだろうかと思った時、他に何の芸もない自分が出来そうな事はこれしか思い浮かばなかった。
でも、自分の音がどういうものかは自分が一番知っていたから、聞いた彼女から耳障りだと正直な感想を言われることは覚悟の上だった。気分が悪いのに更に変なもの聞かせるな、程度の暴言なら受け入れる余裕もあった。何しろ、この音を一番嫌っているのは自分自身だったから。
だから、しばらく黙って音を鳴らしている間に遥が眠ったのは完全に想定外の事だったし、ましてこの音の特徴がわかっててなお好きだなんて、時折遥の方から演奏を望まれるようになるだなんて、思っていなかった。
演奏には、己の全部が出る。
そう言ったのは過去に師事していた先生の1人だったけれど、自分でもそう思っていて。
正確なだけの冷たい音しか鳴らせない自分のピアノを、冷たいから良いだなんて真顔で言われた日には、受け入れられなかった自分自身をそっと撫でてもらったような気がしたし、下手なお世辞や褒め言葉よりも深い部分を掴まれてしまったのは仕方ない。
もっと遥のことを知りたい。
そういう気持ちが、触れたいにまで膨らむのはあっという間で。多分その変化の理由は、近づくほどに見えた遥の色々な姿によるものだ。少しでも何かが足りなければ、きっとここまで変わってない。
それでも、遥から拒絶されればきっと止まったのに。
変化する関係から逃げるほど、彼女は弱くない人だった。
遥が逃げないから、自分も逃げてはダメなのだろう。今も、この先も。
そう思うようになってから、日々鍵盤を叩く時間が増えてきた。
自分が好きになれない自分の音を聞くのが苦痛だったのに、遥が好きだと言ってくれてから、前よりも冷静に音を聞くことが出来るようになっている。恐らく今なら、ここに来る前と同じかそれ以上の演奏が出来るようになっているとわかる。
いつまでもこのままで、なんて無理な事はわかっている。子どもの時間は短い。
何より未来のその先を思うなら、現状維持なんて不可能だ。学校が有期限であるように、この時間にも限りがある。
他にできることなんてない。
でも。
終わりが見えてきた猶予期間の先を思うと、音が乱れた。