『不幸の始まり』(カイン「楽園外のセフィラ;第1の話」)

文字数 1,978文字

侭ならないのは慣れている。
物心つく前からそうだった。
母は亡くなり、酒癖の悪い父親の元、目の不自由な弟と残されて。
自分を特別不幸だなんて嘆いた記憶はないが、幸運とは言い難い人生だろう。
だからこの先もそういうものだと思っていた。
不幸すら力業で捻じ曲げるアホと会うまでは。
*****

「このオレ以外によって不幸になるなど許さん」
「お前もすんなよ!!」
*****

 幸不幸を判定するならば、きっと多くの一般市民と比較すれば生まれ育ちが不幸な方なのだろうという自覚はある。
 ただし今現在はどうかといえば、個人的に不幸な方を主張したいが、恐らく多くの一般市民に言わせれば贅沢者という判定をされるだろうという自覚だってある。
 ろくな技能も勉強もしないままにセフィラの補佐に収まった。
 それだけで一生分の幸運を使い果たしているのだから文句言うな、くらい言われそうである。

 確かに、金銭面での苦労は全く無くなった。
 1人増えた弟まで養ってなお困らない程度の収入を貰えている。
 その弟たちも国で最高の学校に通わせることが出来ているとなれば、現状に不満を漏らすなどとんでもないと言われることも理解できる。

 が、そんなもん全部を天秤にかけてなお自分に幸を思わせない、あのセフィラの酷さったら無い。
 性格も行動も、筆舌に尽し難き男である。
 補佐ということで日常その男と面を付き合わせ仕事をせねばならないこの現状だけで、あらゆる幸せが相殺されてもお釣りがくると、割と本気でカインは思っていた。
 何しろこの上司、補佐を大事にする(普通の職員のように接する)という概念がすっぽり抜けているのだから。

 その他の本殿職員、そして一般市民にはまだ多少距離をとってる様子はあるものの、補佐のカインに対しては何一つとして上司的気遣いだの距離をとるだのという大人の配慮をしてくれる様子はない。
 いや、本人的にはしているつもりなのかもしれないが、全部が斜め上すぎて全く意味を為していないというか。
「おいセフィラ様。こいつぁ何だ」
「貴様が朝、今日は間が悪い日だ、だのと言っていただろう」
 偶にある、朝から何をしても噛み合わずうまくいかない日。
 朝食の準備でコップを倒しただとか、道の小石に足を取られただとか、開けようとした扉が先に開いて顔をぶつけただとか。
 大きな不幸こそないが、微妙な不運が積み重なって、確かにそんなことをぼやいた記憶がある。

 が、それとこの部屋を埋め尽くす大量のぬいぐるみとの関連は不明過ぎる。

 普段は必要なものしかないセフィラの執務室が、まるで年頃の少女の部屋の如く可愛げ溢れる状態になっている。まぁ部屋の持ち主を知る者としては可愛げどころか薄ら寒さしか感じないが。
「ここにあるのは、全部本殿に持ち込まれた、中に壊れた解析の残ったおもちゃだ」
「壊れた解析?」
「貴様は知らんかもしれんが、この手のぬいぐるみには子ども向けに特定の会話の声を仕込む解析などが入っていることがある。それが何らかの理由で壊れて正常に動作しなくなったものだ」
「へー」
 説明されて手近にあった可愛いふわふわな動物のぬいぐるみの首根っこを掴んで持ち上げ覗き込んでみる。
 と。

「ハァハァ……エッヘッヘッヘッへ……ゲヘヘヘ」

「うわぁっ!? 気持ち悪!!」
 まるでおっさんのような低い声で意味不明な音(?)を漏らしたぬいぐるみを思わず放り投げてしまった。
 それは他のぬいぐるみの中に転がり落ちる。
 あまりの気持ち悪さに全身に鳥肌を立てたカインに、平然としたままでケテルは言う。
「どうせ運が悪いならば、これらの解析全部壊しておけ。たとえ多少ガワが壊れても、持ち主の了解は得ているから問題ない」
「いやいやいや! 意味わかんねーんですけど? なんでそれでそうなるのか説明しろテメー!」
「この手の解析が壊れたおもちゃは、一般的に『呪いがかかった物』と呼ばれ不運の象徴とされるらしいぞ」
「ひっ!? マジか」
 この解析社会で『呪い』なんて非現実的過ぎる響きだが、さっきの笑い声のような音を思い出すと、そう言われても仕方ない気がしてくる。あんなものお子様が遭遇したら確実にトラウマものだ。自分だって今夜夢に出そうである。
 にしても壊れるにしたってどう壊れたらあんなことになるのか、全く意味不明だ。

 まぁ、解析というなら確実にそれは壊せるから構わない。
 やれと言われれば一個ずつ中身の解析を壊していくだけだが。

 どうしても気になる点が1つだけ。
「…………ケテルさんよ。それ本当に呪い的なものがあったり」
「貴様、馬鹿か。そんなものこの世に存在せん」
 この時ばかりはきっぱりしっかりはっきり断言してくれるこの存在が頼もしい。
 はぁ、と安堵の息を吐いてどれから壊していこうかと検討し始めたカインに、かすかに笑ったセフィラの表情は見えていなかった。
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