『どこにもいかないで』(康介「仮初世界の疑似記録」)

文字数 823文字

「お前、あいつをどうしたいわけ」
異界の聖剣は存外真面目な顔で問いかけてくる。
その主人以外に興味がないようでいて、一部の者には妙に心を砕く。
この世界の法則に染まった人外は、こちらでもしぶとく自我を築き上げていた。だからこそ彼女も手放せないのだろう。
自分と同じように。
*****

 ある時、兄の友人(本人は友でないと言い張る)である鉄色の髪の青年が、いつにない真面目な表情で言ってきた。
「お前さ……あいつの弟で構わねーのか?」
 何で、とかどういうこと、とか思ったけれど、あんまり真面目な顔で言ってるものだから、思ったままを口にするのは憚られてしまった。意味はわからないけれど、その人がそんな真面目な顔をする程度には真面目な話題なのだろうなと思ったので、言われた言葉を再度頭の中で繰り返してみる。
 あいつの弟で構わないのか。
 普通に考えればおかしな問いである。
 兄弟に選択権など無いわけだし。
 ただ、その言葉を素直に受け取って、仮に選択権があるという前提で、あの兄の弟で良いのか、と考えてみる。
「サフォンド兄ちゃん」
「おう」
 名前を呼ぶと、真面目な顔のままで相手は答えを待ってくれた。
 その顔を見ながら、どう言って良いものか分からなくて暫く言葉に迷ったけれど、結局良い言い方なんて思いもつかなかったので、もう思ったままを口にする。
「必要なら俺の方が兄になるけど」
「ん?」
 こちらの言葉に目を丸くして首を傾げた鉄色の髪の男に、言葉を続ける。
「というか、無理でしょ」
「ん? んんっ?」
「俺がいなくなったら、兄貴完全に野放しじゃん」
 いいの? と確認したら、相手は長く唸った後に「全く良くねぇけど」とがっくりうな垂れた。
 だろうなーと思いつつ畳み掛ける。
「どっちが兄で弟でも構わねーけど、野放しは怖くない? アレ」
 むしろ俺の生まれる前はどうだったのかと尋ねたい。
 そう続ければ、しばし相手は沈黙した後に「その通りデス」とだけ返してきて、話が終わってしまった。
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