『負けてたまるか』(サフォンド「仮初世界の疑似記録」)

文字数 901文字

世界がどうのなんて知ったこっちゃない。
元々、彼女と一緒にいたくて生まれた自我だ。本来が何だったのかなんてこともどうでもいい。理の1つや2つ反していようが構わない。もしも彼女が世界を壊したいというなら、喜んで手を貸す。
いつも逆境にいる彼女が、望まず負けることがないように。
*****

 意味もなく勇者に選ばれた訳じゃない。
 彼女はどれだけ追い詰められようが、決して間違わない。
 結果として己に苦難が訪れようとも、その予測を理由にして選択を見誤ったりしない。
 誘惑に負けるような弱さがあったらきっと召喚されていなかっただろう。
 そういう魂に惹かれた。
 でも、強いからって傷つかない訳じゃない。抱えられるからって重くない訳じゃない。泣かないからって泣きたくないとは限らない。
 だから自分は。
「君が断るならアリアちゃんに頼むだけだけどね」
 悪魔みたいに笑う男の言葉に従うのは不満しかないとはいえ、結果として彼女をこの相手の用意した災厄から遠ざけられるならば仕方ないと思う。何しろ相手はこの世界における魔王のようなもの。自分の知る魔王的なそれである邪神と同じ役割を持つ訳ではないものの、ほぼ似たような機能は備えている。
 要は、ほんの少しでも何かがズレれば確実に彼女の敵になるような奴だ。
 今でこそ良好な関係とはいえ、仮にこれが敵に回った時でも彼女は迷わず戦うのだろう。
 ……神の一柱でしかなかった邪神と違い、こちら相手では万が一にも勝つのは難しいとしても。
「ふざっけんなよお前はアリアに近づくな」
「やだなぁ僕がアリアちゃんに何かするとでも?」
「既にしてんだろーが!」
「ちゃんと見返りは用意してるじゃない」
 その通りであるが、見方を変えれば単なる悪魔の取引でしかない。
 この世界において何も己を証明するものがなかった異物の自分が、公的な身分を持つに至ったのは間違いなくこの男の存在による結果だったけれど、現状を考えればそれが僥倖だったかは怪しい。
 ただ一つ。
 居場所がなかった彼女に(危険がつきまとうとはいえ)居場所ができたことは……喜ばしい、のだろう。
 だから文句を言いつつ今日もこいつの用事に付き合っているのだ。
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