『終わりのない夜』(山辺「仮初世界の疑似記録」)
文字数 999文字
夜の霧、と呼ばれ始めたのは知っている。
その国の夜時間にのみ現れるクラッカー。辿れる痕跡を残さないから霧。
多くのシステムに侵入しながら、それでも自分の居場所は見つからなくて。
「バカだね。明けない夜も、晴れない霧もないのに」
全部を吹き飛ばした嵐は、そう言って笑った。
*****
霧を晴らしたのが嵐なら、夜を吹き飛ばすのは太陽である。
ではその両方に囲まれればどうなるか。
それはもう休む間もない事になる。
この世にはバランスというものがあって、常に明るければ良いというものではなく、また常に強く激しくあればどうにかなるというものでもない。常人こそ適度に休憩を取っていかなければ、いつか倒れてしまうことになる。
然程、口数は多くなく愛想もないその人の傍に行った時、多くの部下はそれを思い出すのだ。
ディスプレイを見ながら止まる事なく何かしている山辺の近くには、一息つきたい者が集まることが多い。
ところが面白い事に、当の本人だけはそれに気づいていないのだった。
「山辺さん、今日は唐杉さんどこ行ってんですか?」
「行方不明の児童の捜索」
淹れたばかりのコーヒーに息を吹きかけつつ問いかけた伊藤に、作業の手を止めずに山辺が答える。
「部長は……」
「知らないけど、問題ない」
「あー。確かに」
どうりで今日は室内が静かなはずだと伊藤は思う。
この部署は大体いつも多くが出払っていて、意外に半数以上が揃っている時間は少ない。朝ですらどこかに寄ってから来る者が多いので、まともに人が揃う時間帯は昼から夕方の間位のものだ。今は昼過ぎたばかりなので、この後に何名かがバラバラと戻って来るに違いない。
その時間帯、昼の15時ごろに人が揃う理由がまた馬鹿馬鹿しい訳だが。
「……今日は部長が持って来るらしいから、ほぼ全員戻って来るぞ」
「マジっすか」
良い大人が、おやつに全力をかけ過ぎではないか。
この国のあらゆる難問を解決する部署ではあるが、実力に反して中身は変人だらけである。それでも実力がある。本来配属されるべき部署の中では度し難いレベルの変人たちが集うこの場所では、一般的な常識など猫の砂より役に立たない。
学生アルバイトから正式配属になった伊藤だが、ここが普通じゃない事くらい理解できる。
が、一度馴染んでしまうともう普通に戻れそうにはない。
この騒がしい日常は、静かな夜も含め、酷く心地よい刺激に満ちているから困る。
その国の夜時間にのみ現れるクラッカー。辿れる痕跡を残さないから霧。
多くのシステムに侵入しながら、それでも自分の居場所は見つからなくて。
「バカだね。明けない夜も、晴れない霧もないのに」
全部を吹き飛ばした嵐は、そう言って笑った。
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霧を晴らしたのが嵐なら、夜を吹き飛ばすのは太陽である。
ではその両方に囲まれればどうなるか。
それはもう休む間もない事になる。
この世にはバランスというものがあって、常に明るければ良いというものではなく、また常に強く激しくあればどうにかなるというものでもない。常人こそ適度に休憩を取っていかなければ、いつか倒れてしまうことになる。
然程、口数は多くなく愛想もないその人の傍に行った時、多くの部下はそれを思い出すのだ。
ディスプレイを見ながら止まる事なく何かしている山辺の近くには、一息つきたい者が集まることが多い。
ところが面白い事に、当の本人だけはそれに気づいていないのだった。
「山辺さん、今日は唐杉さんどこ行ってんですか?」
「行方不明の児童の捜索」
淹れたばかりのコーヒーに息を吹きかけつつ問いかけた伊藤に、作業の手を止めずに山辺が答える。
「部長は……」
「知らないけど、問題ない」
「あー。確かに」
どうりで今日は室内が静かなはずだと伊藤は思う。
この部署は大体いつも多くが出払っていて、意外に半数以上が揃っている時間は少ない。朝ですらどこかに寄ってから来る者が多いので、まともに人が揃う時間帯は昼から夕方の間位のものだ。今は昼過ぎたばかりなので、この後に何名かがバラバラと戻って来るに違いない。
その時間帯、昼の15時ごろに人が揃う理由がまた馬鹿馬鹿しい訳だが。
「……今日は部長が持って来るらしいから、ほぼ全員戻って来るぞ」
「マジっすか」
良い大人が、おやつに全力をかけ過ぎではないか。
この国のあらゆる難問を解決する部署ではあるが、実力に反して中身は変人だらけである。それでも実力がある。本来配属されるべき部署の中では度し難いレベルの変人たちが集うこの場所では、一般的な常識など猫の砂より役に立たない。
学生アルバイトから正式配属になった伊藤だが、ここが普通じゃない事くらい理解できる。
が、一度馴染んでしまうともう普通に戻れそうにはない。
この騒がしい日常は、静かな夜も含め、酷く心地よい刺激に満ちているから困る。