『相手が悪かったね』(唐杉「仮初世界の疑似記録」)

文字数 1,088文字

正規のものも支給されているけれど、好んで使うのは麻酔銃。
単に技術だの威力だの恐怖だのの問題じゃなく、死の場面を出来るだけ彼女に見せたくないが故の選択肢。
されど、それは銃である。
「ここをね。撃つと。まず死ぬって烏間君が言ってたよ」
そう言って、彼はひどく無邪気に微笑んだ。
*****

「出来るだけ血を見ないで済む効率的な人の殺し方?」
 質問した時、返ってきたのは心底嫌そうな表情だった。
 人を救う職種たる医師の彼にそれを尋ねるのは、確かに無神経なのかもしれない。だが、人の命に関わる職であるという以前に、なんとなくこの相手なら大丈夫だろうという予感があった。
 大げさにも取らず、曲解もせず、誤解もしない。変な心配もしない。
 きっとこの相手ならば正しく捉えてくれるだろうと無意識に理解していたのだ。そういう意味ではもう1人、同じように受け止めてくれる相手に心当たりはあったけれど、さすがに直属の上司にこんなことを尋ねにくいと思う程度には唐杉だって社会人だった。
「そりゃいくつかあるけど、お前が言ってんのはあれだろ? 仕事中の話なんだろ?」
 ほらやっぱり。
 感情論は直ぐに棚に上げて、面倒臭そうに確認してくる烏間は、頭がいい上に人がいい。
 見ていた何かの画面から顔を上げ、少しの時間逡巡した後に、体のある場所を指先でとんとんと叩きながら言う。
「取り敢えず、ここ。お前が使ってんの麻酔銃だって聞いたことあるけど、麻酔銃でもここに数発入れりゃ、まず死ぬな」
 他はこことかここ、と次々に場所を教えてくれる。
 全く躊躇いなく示されるそのポイントを全部覚えた。
「狙って撃つにゃ普通は難しい場所ばっかだけど、お前なら出来るんだろ」
「射撃はそんなに得意じゃ無いよ?」
「得手不得手以前の問題で、正しい箇所に打ち込めるんなら関係ねーだろ」
 羨ましい、と拗ねたような顔で烏間が言う。
 医療部である彼には銃を持つ機会などほぼ無かった筈なのだが、実はそういう願望があったりするんだろうかと思った唐杉の思考を直ぐに読み取ったらしい烏間が慌てて片手を振った。
「おい、違うからな? そういう意味じゃねーよ」
「違うの?」
「その技術は手術とか注射とか麻酔とか、医療的に応用が利く範囲が広そうだなーっつ意味でだよ」
「僕、そんな頭良く無いから医者にはなれないかなぁ」
 烏間の言葉に何も考えず返事をしたら、また烏間は酷く嫌そうな表情になった。
「お前の場合、頭の良さも要らねーだろうに」
 その言葉に、あぁこの人は本当に多くを教えられているらしいなと思ったけれど、だからこそ自分たちの部署の担当なのだと思い出して納得してしまった。
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