『その色は誰の色?』(アベル「楽園外のセフィラ;第1の話」)
文字数 1,265文字
はっきりと世界が見えたことはない。
ぼんやりした光と輪郭だけ。
それがアベルに見える視界の全部だ。
解析を通せば詳細な把握も出来るが、常時そんな処理をするにはまだアベルの技術も容量も足りなすぎる。
だけど、唯一。
兄のカインだけは、遠くからでも存在が分かるというのは、秘密だ。
*****
遠くに兄がいる。
なんとなくそれに気づいた瞬間、片手を上げてひらひらと振っていた。
間も無く向こうもこちらに気づいたようで、おそらくブンブンと同じように手を振り返していると思われるカインの声が届く。
「勉強か?」
「うん。外での課題」
「おー、2人とも頑張れよー!」
どうやらカインからはセトの姿もしっかり見えたようだ。そういえば前に、目はいいのだと言っていたのを思い出す。
元気な兄の声に頷いたあと、周囲が騒めいているのにやっと気づいた。授業中にやるべきじゃなかったなと反省したものの、そういえば近くにいる教師からお叱りの言葉が飛んでくる様子はない。
怒られるだけの行為だったという自覚のあるアベルが内心で首を傾げていたら、答えをくれたのは隣にいたセトだった。
そっと肩に手が触れ、解析を通して声が届く。
(カインさんの隣、ケテル様がいたんだよ)
どうやら兄の隣に、セフィラのケテル様がいたらしい。
発声の難しいセトは、素早く何かを教えたいときにこうして解析を使うことが多かった。
あらゆる解析が通用しないカインには使えない方法だし、本殿の学生である2人は日常生活で解析を使う事を制限されているけれど、接触による解析の通信ならほぼ周囲には気づかれない。
なおこの方法を教えてくれたのはケテル様である。
「全然気づかなかった……兄ちゃんだけはわかってたんだけど」
(ケテル様もこっち見てたから、多分先生も怒れなかった)
「あー」
なるほど、ケテル様が咎めていない手前、こちらを叱る事を遠慮したらしい。
特別扱いは不要だという通達はされているらしいものの、2人の兄であるカインがセフィラ様の補佐である事実は揺るがず、毎日会話するほどではないもののアベルたちが普通の生徒より、否、学校の教師よりもセフィラ様と会話する機会が多いことに変わりはない。
学校に入る前、アベルたちが抱える問題を前に試験すら渋った学校に対し、2人の知能・学習検査をして学校学習に何の問題もない事を証明してくださったのがケテル様となれば、普通に接しろと言われても対処に困る場面は出てくるのだろう。
今みたいに、どっちに手を振ったかわからないような状況なら尚更。
仮にセフィラ様に手を振っていたとして、セフィラ様がそれを受け入れている(ように見える)なら、その上でアベルを叱る度胸など本殿付属の学校勤務である教師にある訳もない。
周囲の他の生徒たちも、普段から遠目にセフィラ様が見えるだけでも騒めくのだ。
今のやり取りの中、兄の隣にケテル様がいたのなら、周囲の騒めきも納得である。
「お騒がせしました」
こんな時ばかりは、見えない視界が便利だなぁと内心苦笑いしつつアベルは教師の方に向かって頭を下げた。
ぼんやりした光と輪郭だけ。
それがアベルに見える視界の全部だ。
解析を通せば詳細な把握も出来るが、常時そんな処理をするにはまだアベルの技術も容量も足りなすぎる。
だけど、唯一。
兄のカインだけは、遠くからでも存在が分かるというのは、秘密だ。
*****
遠くに兄がいる。
なんとなくそれに気づいた瞬間、片手を上げてひらひらと振っていた。
間も無く向こうもこちらに気づいたようで、おそらくブンブンと同じように手を振り返していると思われるカインの声が届く。
「勉強か?」
「うん。外での課題」
「おー、2人とも頑張れよー!」
どうやらカインからはセトの姿もしっかり見えたようだ。そういえば前に、目はいいのだと言っていたのを思い出す。
元気な兄の声に頷いたあと、周囲が騒めいているのにやっと気づいた。授業中にやるべきじゃなかったなと反省したものの、そういえば近くにいる教師からお叱りの言葉が飛んでくる様子はない。
怒られるだけの行為だったという自覚のあるアベルが内心で首を傾げていたら、答えをくれたのは隣にいたセトだった。
そっと肩に手が触れ、解析を通して声が届く。
(カインさんの隣、ケテル様がいたんだよ)
どうやら兄の隣に、セフィラのケテル様がいたらしい。
発声の難しいセトは、素早く何かを教えたいときにこうして解析を使うことが多かった。
あらゆる解析が通用しないカインには使えない方法だし、本殿の学生である2人は日常生活で解析を使う事を制限されているけれど、接触による解析の通信ならほぼ周囲には気づかれない。
なおこの方法を教えてくれたのはケテル様である。
「全然気づかなかった……兄ちゃんだけはわかってたんだけど」
(ケテル様もこっち見てたから、多分先生も怒れなかった)
「あー」
なるほど、ケテル様が咎めていない手前、こちらを叱る事を遠慮したらしい。
特別扱いは不要だという通達はされているらしいものの、2人の兄であるカインがセフィラ様の補佐である事実は揺るがず、毎日会話するほどではないもののアベルたちが普通の生徒より、否、学校の教師よりもセフィラ様と会話する機会が多いことに変わりはない。
学校に入る前、アベルたちが抱える問題を前に試験すら渋った学校に対し、2人の知能・学習検査をして学校学習に何の問題もない事を証明してくださったのがケテル様となれば、普通に接しろと言われても対処に困る場面は出てくるのだろう。
今みたいに、どっちに手を振ったかわからないような状況なら尚更。
仮にセフィラ様に手を振っていたとして、セフィラ様がそれを受け入れている(ように見える)なら、その上でアベルを叱る度胸など本殿付属の学校勤務である教師にある訳もない。
周囲の他の生徒たちも、普段から遠目にセフィラ様が見えるだけでも騒めくのだ。
今のやり取りの中、兄の隣にケテル様がいたのなら、周囲の騒めきも納得である。
「お騒がせしました」
こんな時ばかりは、見えない視界が便利だなぁと内心苦笑いしつつアベルは教師の方に向かって頭を下げた。