『人恋しい冬に、ひとりぼっちだ』(常葉「放課後R.I.P」)

文字数 1,056文字

冬は音がよく通るという。
しんとした部屋に戻って、それを思い出す。
両親がいなくなってもう数年。
誰もいない部屋に帰ることには慣れたけど、時折ひどく寂しい。
冬にそれが多いのは、寒さより、この空気の違いかもしれない。
いつかここにも、他の誰かの音が増える日が来るのだろうか。
*****
(そこまで考えて、まさか、と自嘲した)
*****


 あの頃嗤った未来が、今。

 難しい顔をしてパソコンの前で唸っている彼女は、講義で出た課題の真っ最中。周りには参考書が散らばって、何度もそれを確認しながらキーボードを叩いたり、やっぱり書き直したりと忙しい。
 昔のように同じ学校だったら手伝えたけれど、大学が異なる上に学部も違うとなっては、手伝えることは殆どない。
 せいぜい、忘れられてすっかり冷めたコーヒーを代わりに飲んで、入れ直して来るくらいしか出来ないだろう。

(いや、どっちにせよ手伝えなかったか)

 真面目な部分がある恋歌は、成績は中の上程度で、それを維持するにも結構努力を要する。だが彼女が学業で自分を一方的に頼ってきたことはなかったと思い出す。質問程度はするけれど、こっちから答えまで全部教えるようなやり方は嫌がるのだ。
 どうやらそれは長く彼女の勉強を見てきた親友の影響らしい。
 その親友が、自分でやらなきゃ身につかないでしょ、と言う姿まで簡単に想像がついた。
 だから同じ学校の頃から、一緒の試験勉強だって手伝う事は少なかった。だいたいこちらが先に終わって、終わらない彼女を見守る時間の方が長かったなぁと思い出す。
 今も前も。
 真面目に勉強している。不器用ながらも、まっすぐに。

 時々唸ったり独り言はあるけれど会話はないから、気にするほど雑音は発生していない。こちらから話しかけて邪魔をする気もないし、ここに居たところで何があるわけでもない。前のように時折の質問が投げられる可能性だってほぼ無くなったし、気を使うなら席を外した方がいいのかもとすら思う。
 なのにこの部屋を離れ難いのは、この場所にある音と気配が心地いいからなのだろう。
 会話なんかなくても構わない。こうやって一緒にいられるのなら微睡みすら呼び込まれるほど、不思議な安堵感があって。

 この部屋で恋歌が普通に過ごしている、その事実が今でもまだ信じられない時がある。

 うたた寝でもして、起きたら、何も変わってない独りの部屋の中で全部夢だと気づく。
 絶対にない、そんな可能性を時々思ってしまう程度には。

 まだまだ終わりそうにない作業の音を聞きながら、試してみようかと目を閉じた。
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