『腹を括れ』(ケセド「楽園外のセフィラ;第4の話」)

文字数 1,241文字

資料を見た瞬間、理解した。
彼がセフィラでなければ、これも恋なんて安易な名称で呼べたかもしれない。
だが彼にとってこれはそんなものじゃなく、もっと強くて残酷で激しくて苦しくて本能的な、回避不能な感情だった。

セフィラは、神の端末の末端。
この世界の中では、逃げ場などない。
*****


「ひとつだけ断言してやるけどな」
 相変わらず、直に姿を見せる気がない神の端末の代理が、今日も補佐の体を勝手に乗っ取っている。
 レイと名乗るそれが何であるのか、セフィラたちですら実は良く知らない。ただ確実に言えるのは、直接に世界へ干渉しないアイン・ソフ・オウルと唯一楽園で会話し、その意思を代行する者であるということだ。
 真偽は、考える意味もない。
 アイン・ソフ・オウルの端末であるセフィラたちの目すら欺いて自由に動き回る。
 セフィラでもないのに、セフィラ以上に絶対パスを使いこなす。
 それらの状況証拠だけで、少なくともそれが「普通の存在」ではなく、同時にアイン・ソフ・オウルと無関係でないのは明らかなのだから。
 迷惑なレベルで好き勝手されるのは腹立たしいが、仮にその行動すらアイン・ソフ・オウルの意志であると仮定した場合、セフィラであっても拒否するのは難しい。つまり、前もって連絡もなく突然勝手にやってくる相手に、言えることはとても少ない。
「何の用ですか」
「お前がしょーもないこと考えてそうだったから、ちょっと突っ込みしに」
 頼んでないのにあれこれ干渉してくる相手に、反論するより黙って聞き流した方が早く終わりそうだと判断したケセドは小さくため息を吐いて仕事の続きを始める。
 補佐の体に入ったままのレイはその態度を気にした様子もなく話を続けた。
「お前らは確かに全員アイン・ソフ・オウルの影響を受けてるけどな」
 セフィラはアイン・ソフ・オウルより生まれしもの。
 完成する世界の一柱となるべく、神の端末の誕生と同時に生み出される。
 何度人の身に生まれ変わろうとも末端の機能が失われないのは、セフィラ自体がアイン・ソフ・オウル同様に世界を構成する一部であるからだ。末端とはいえ、外部機能ではない。
「影響を受けてんのは特性部分であって、お前らが持ってる趣味嗜好の殆どはお前ら自身の個性だからな?」
「…………」
「少なくともアイツの好みと、お前の好みは、完全一致じゃねぇよ?」
「その根拠は?」
 思わず尋ねてしまって、ニヤッと笑った相手の表情を見てすぐに後悔した。
「仮にそこが一致すんなら、お前らが一番好きになる相手は俺じゃなきゃおかしいんだよ」

 それだけは絶対に、何があろうと、起こりえない。
 自分の中の一番は彼女以外にありえない。
 こんなやつが一番になるなど、この世が滅んでも起こらない。

 心の中で断言して、この気持ちを既存の言葉でどう表現していいかわからないとしても、ああなるほど確かにきっとこれは自分だけのものなのだろう、と。
 納得したけれど、それを教えてくれた目の前の相手に感謝する気持ちは全く湧かないのだった。

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