『どこへ帰ればいい?』(ケルベロス「魔術士系」)

文字数 1,155文字

魔界は退屈である。
魔族も魔物も長寿であるが故に変化が少ない。変化の少なさは、生まれる知識の少なさでもある。
その点では生の期間が短いモノの多い地界に敵わない。
だから彼は地界が好きだ。特に称号を得てしまうような劇的な生を謳歌する存在が。
帰る場所ではないからこそ、好きだった。
*****

「貴様、知識を欲するならば世界樹に触れる方が早いのではないか?」
 そう問いかけたのは連星の賢者である。
 世界樹のことなど知らないはずの身でありながら、先見をする力でも関係しているのか、まるで知っているかのようにその名を出した契約主に、黒い獣姿で寛いでいた魔族は顔も上げずに答える。
「単に知識を欲するならば、確かにそなたら人の子と契約するより、世界樹に触れる方が確実で早いのはわかっている」
「もしや触れる権利もないか」
「まさか。我はこれでも一応、上位で高位の魔族。制限はあれど触れる権限はある」
「なら何故しない」
「ふむ。これは、どう言えば良いか……例えばだが」
 こんな会話をしているが、賢者は仕事をしている最中である。
 その仕事の手は全く止まっていない。
 人の社会を統べる王である彼は、まだ出来て日の浅い己の国を強固なものとする為に日々忙しくしているのだ。他者の手をもっと借りるべきだとケルベロスですら思うが、当の彼が納得し仕事を任せられるほどの人材が育っていないというのだから仕方ない。
 育つも何も、当人の能力が高すぎて周囲が追いついていないのではないか、などと賢い魔族は思っても伝えないが。
「ここより遥か遠く、見渡す限り横に広がる大きな滝がある場所があるのだが」
「ふむ?」
「その滝を、己の足で訪問し己が目で見るのと、見たことある旅人から伝え聞くのと、単に書籍の記載から存在を知るのは、全部同じ対象を知る過程ではあるが、受け取る感覚は異なってこよう」
「魔族でありながら情緒的か、貴様」
「魔族故に、だ。単に知るだけの行為なら、そなたの言うように世界樹に触れていれば終わる。だが、あの中にある知識は全てが俯瞰だ。個々の視点や感傷は混じらぬ」
 単に事実だけを知るならそれで構わないだろう。
 だがケルベロスが知りたいと思う知識は、そういう事実だけに留まらない。単なる事実の羅列は、酷く無味な情報でしかない。
 魔族の欲する叡智の極みとは、多くが、その知を使用する存在の持つ過去や性格、環境に染まった果てにあるもの。
「だから、そなたらと対話の契約を結ぶのだ」
 当事者からこそ知れるものがある、と言えば、呆れたような答えが返ってきた。
「……まったく。これだから暇を持て余すのはいかん」
 確かに。
 魔族の興味関心など、多くは持て余した暇の解消のために生まれてくるもの。
 仕事をしながらでも正しい答えをよこす賢者に、満足してケルベロスは目を閉じた。
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