『命果てるまで』(古谷「終わる世界の英雄譚」)

文字数 892文字

生きたい。最初はそれだけだった。
その原始的希求にしがみついていた。
古谷の今の生を用意してくれたのは彼女に他ならない。だから。
こんな事を本人に言ったら断られるか怒られるか窘められるか逃げられるので、絶対に言わないけれど。
あの日もらった分を捧げる程度の覚悟は、もう出来ている。
*****

 普通に生きて、何事もなく普通に終わる人生が欲しかった。
 だから今のこの状態は正直なところ願った未来とは全く異なるものになっているのだけど、きっと望んでいたものよりもずっと楽しい時間だと思う。できればずっと、と思っていたけれど、青薔薇姫に対してその言葉が言えたことはない。
 そういう会話の機会が少ない、というのもあるけれど。
 言うのが怖い。
 もしも否定された時、それを引き止める方法なんて古谷の方にはないからだ。
 青薔薇姫が何であるのか、ここまでずっと一緒にいてもわからない。何でも構わないと思うけれど、それを追求して何かを失うのが怖い。
 今が出来るだけ長く続けばと思うほどに、今を壊すことが怖くなる。
「どうした?」
「青薔薇姫こそ。起きるにはまだ早いよ」
 深夜の装甲車の中。しゃがんだ人型の側に凭れて座っていたら、青薔薇姫が顔を出した。
 早いとは言ったものの、古谷は一度も彼女が寝ている姿を見たことはない。
「独りが良いなら外すが、どうする?」
 会った頃ならきっと確認してくることもなかったのだろう。黙って外していたか、そもそもこちらなど気にせず何かを始めていたんじゃないだろうか。こうやって敢えて確認してくれるようになっただけ変化を感じる。
「急ぎの用が無いなら、ここにいてよ。面白いことは言えないけど」
 自分の横の床を手で叩くと、青薔薇姫がそのままやってきて座った。ふわっと漂う匂いに、彼女が紅茶っぽい何かを持っていることにやっと気づく。
「飲むか?」
「いいの?」
「そのために用意したものだからな」
 渡されたカップは熱くて、指の先が痛くなる程だった。
「人は腹が減って体が冷えると、思考が悪い方に流れやすいらしいぞ」
 彼女なりに心配してくれたのだろう。今はこれだけで十分だと思いながら、カップに口をつけた。
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