『お静かに』(常葉「放課後R.I.P」)

文字数 1,158文字

部屋の外から足音。
近づく気配に、彼女が硬直するのがわかった。
色々考えているのだろう。見つかったらどうしよう、とか。
今更自分は見つかっても平気なのだが、目立つのが苦手な彼女はそうでもないのだろう。

不意に湧く、悪戯心。

いま引き寄せたら、どんな顔をするんだろう。
*****

 コソコソ隠れる意味はあまり無くなったけれど、2人きりで話せる時間は意外に少なくて、結果的にまだあの部屋を利用している。人の目など気にならないと自分が主張するのは簡単だったけれど、そう言うことで恋歌に無理強いしたいわけでもない。
 それに、こうして隠れて会うのも、これはこれで趣深いものがある、気がする。
 今しかできないこと、と言えばいいのか。
 大学なり、その先なり、高校という枠から外れてしまえば二度と戻ってこれない場所にいる今しか出来ない秘め事だと思えば、これはこれで楽しかったりする。
 ただこの場所も完全に隔離されているわけではないので、時折外で人が通る気配が届く。
 その度に恋歌が硬直しているのは知っていた。
 今も、そう。

(そんなに怖がることない、とか言っても意味ないだろうな)

 彼女だって別に、この関係を恥じている訳でも後悔してる訳でもないだろう。
 ただ、とにかく苦手なだけなのだ。目立つこと、誰かにしつこく詮索されること、派手なことが。
 それなのにあんな目立つ要素の塊のような子が親友なのは不思議だが、そういう個人的な好き嫌いとは別のところで彼女は人を好きになるのだろう。自分を選んでくれたのも、別に目立ちたいなんて気持ちは無かったのだ。
 彼氏にすれば周りに自慢できるとか、そういう発想が皆無な子である。
 多くの恋を取る際、その中身も知る彼をして、多少なれど顕示欲を満たす気がない恋は稀だ。もちろん常葉自身の見目とか表向きの性格がそこに大きく絡まってるのは理解しているが、自分に恋を抱く子で純粋に好意だけを膨らます子は少ない。
 せっかく付き合った後でも、ここまで真剣に隠そうとしたがる相手は、きっとこの先出会わないだろう。
 常葉自身でさえ、恋人は周囲に自慢したい感情が多少はあるのに、恋歌にはそれがない。自慢できないのではなく、それによって目立ったりすることが嫌いすぎるらしい。

(そういうとこも、好きだけど)

 自分の見た目が目立ってしまうのはもうどうしようもないし、それ自体を嫌がってはないらしいので、特に不快にも不安にも思わないけれど。
 ただ、こうやってあまりにも外の気配にばかり気を取られているのを見ると、むず痒い気持ちになる。
 自分以外の誰かに強く意識が奪われている様子に嫉妬のような感情が浮かんで、それが子どもっぽい悪戯心に変換されてしまう。

(僕は、心が狭いんだろうね)

 あれこれ考えたけれど結論は変わらず、結局彼女に手を伸ばした。
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