『逃げるなよ、追いかけたくなるだろ』(山田「HSL」)

文字数 1,753文字

普段は嬉々として(主に勉強面で)助けを求める癖に。
ベッドにいる桂木の息は、まだ荒い。
連絡なく欠席なんてらしくないことするから見に来たら、何度呼んでも返事がない。教わってた暗証番号で入って部屋まで行って、扉を叩いて。
開いてたから入ったら、これだ。
「鍵くらい閉めろっつの」
*****

 自慢にもならないが、俺には大親友なんて言えるような存在はいない。
 友達と呼べる程度の相手はいくらでもいたが、親友とまで言える相手が出来たことは無かった。そんなもんだろう、と思う。同じクラスになってそれなり喋って一緒に馬鹿やって遊んだりして、でも学年が上がったりとかでクラスが変わればほどほど疎遠になる。そういう付き合いしかしてきていない。
 俺が男子だっていうのもあるだろう。
 女子みたいに四六時中つるむような友達付き合いは正直得意な方ではない。
 冷たいかもしれないが、どっかで面倒になって距離を取る。そういう人間だと自分でも理解している。

 なので、俺にとっての桂木という相手は、実は相当レアなのだ。

 学校を欠席した程度で様子を見にきてしまうなんて、生まれて初めてだ。
 なんだ俺はお節介な幼馴染か、みたいな自己ツッコミをしながら、ついでにうざがられたらどうしようなんて心の隅で思いながら、それでも結局気になって家まで来てしまうなんて、本当に初めてだ。
 思うに、桂木が普通の男子高校生ならここまでしてない。
 病気かなと思ったところで、家族と暮らしてるんだから家族にどうにか看病されたりしてるだろうと分かるし。
 どうしても気になってしまったのは、桂木が恋人もおらず親しい家族もいない独り暮らしだって知ってしまってるからだ。意外に周囲に気を使う奴だと知ってたからだ。
 だから、学校や俺に連絡がないまま休んでることに強烈な違和感を覚えてしまって。
 気になりだしたらどーしようもなくて、結局家に来てしまった。
 来る前に何度も電話とメッセージをしたんだけど、全然取らねーし返事もないんで、途中で帰る理由が出来なかったのだ。
 オートロックの入り口は開けられるとして、部屋の扉の鍵が閉まってたらチャイムを鳴らして、反応なきゃ帰るかどうしようかって思いながら部屋の前まで来て、なんとなくドアノブ捻ったら戸が開いてしまったのが現在。
 入って早々見つかった桂木の身柄(息はしてるが意識はない)に、冷静さを取り戻すために「何してんだ」と呟いて。
 玄関前の廊下にほぼ倒れてる状態のダメな大人且つ同級生に、改めて声をかける。
「おーい、桂木さんや。ここはベッドじゃねーぞ」
 軽く肩を揺すった後、前髪で隠れた額よりも俺から近い所にある首筋に手を当てる。
 ……結構、いやかなり熱い。
 平熱というには無理がある体温じゃねーか。
 ついでに漂って来る臭いは、馴染みこそ薄いが、うちの親がたまーに臭わせてるので何かすぐに分かる。酒気だろう。
 学校のある平日には飲まねーと言ってたのに、と思いながらも再度肩を揺すって名前を呼ぶと、小さく唸りながら桂木がうっすら目を開けて俺の方を見た。
「…………? あれ? やまだがいる……」
「おー、今が何時かわかってるかー?」
 問いかければ桂木がぼんやりポケットからスマホを出して画面をつけ。
 日時を見た途端に急に起き上がろうとして、出来なかった。めまいを起こしたっぽい。
 そら、こんな床の上でずっと寝てたら全身痛いだろうし、熱もあるっぽいから当たり前なんだが。
「が、がっこう」
「今日はもう終わってるよ」
「どうしよ、れんらく」
「それ、俺から先生に風邪らしいって言ってあるけど、いいよな? 実際風邪っぽいし」
 教師から連絡が来てないけど何か知ってるかと問われ、とっさについた嘘が現実になるとは。
 さすが俺、ナイスフォロー。
「かぜ? おれ、かぜひいてる?」
「少なくとも熱はあるんじゃね? 測ってみ。体温計は?」
「しんしつ」
 言いながらよろよろ起き上がる桂木を確認しつつ、俺はやっと玄関に靴を脱いだ。
 熱で思考が鈍ってるのか、桂木からはなんでここにいるのかを含め、何も訊かれない。訊かれたって大して理由もないから言えることはほぼ無いんだが。
 取り敢えず、足元の覚束ない友人が無事に寝室につけるか位は見張っておかないと、気になって帰れそうにない。
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