『どっちが、』(ゾル「堕ちた悪魔」)

文字数 1,172文字

誰も入れない屋敷の中。
完全に囚われた状態の中天使は、けれどそんな事を忘れそうになるくらい寛いでいる。
実際の所、彼女さえいるならばどこで暮らしたって構わないのだ。
本気で縋られれば、天界に住まうこともやぶさかでない。

さて、どちらが囚われているか。

考えるまでもないだろう。
*****

 何か欲しいものはあるか。
 そう尋ねると、一瞬驚いたような顔をした後で彼女は何か考えだした。
 天使故か元より無欲なのに何か考えていることが珍しく、言葉を待ってみる。
 急に質問したことに意味はない。なんとなく思いついただけの言葉に、彼女が返事を探す時間がどれだけかかっても何も思わない。そうでなくても悪魔としては気が長い(というより相手の動向を気にしなさ過ぎる)彼からすれば、仮にこの後数日このまま待たされようが腹を立てたりはしない。
 結果として何もないと返事をされたとしても。
 とりあえず考える姿を観察するだけで満足出来ている。
「なんでもいいんです?」
「あぁ」
 確認してくる中天使に間髪入れず頷く。
 本当に珍しい。何か欲しいものがあるらしい。
「何がいい?」
 用意できるとは限らないけれど、まずはその要求が知りたいと再度尋ねれば、エルダは少し躊躇した後で小さく言った。
「おふとんが」
「寝具か」
 毎日寝ている彼女らしい要求に、そんなものを言うことに戸惑っていたのだろうかと不思議に思う。寝具程度、望むならばどのようなものも用意するものを、と。
「どういうものが望みだ」
 すぐ用意する気満々で会話を続けたら、どこか慌てたように彼女は言う。
「あのですね、新しいものが欲しいっていうんじゃなく、今のもので十分なんですけど、そういうのがあればいいなっていう」
「どういうものがあれば良いと?」
「……今使ってるのって、私だけが被って中に入ってるじゃないですか」
「? そうだな」
 彼女が寝ている間はベッドの上で一緒にいるけれど、寝るわけではない彼は多くの場合座っているし、彼女のように被って中に入るということは確かにない。そういう行為の時はそもそも被らないし、被るような機会は皆無だ。
「だから大きさも私用、ですよね」
「そうだな」
「その、時々は一緒に入って寝たいなぁって」
「我も寝た方が良いと?」
「私みたいに寝てっていうんじゃないんですよ。ただ、私が寝るときに隣に貴方が並んで布団に入ってくれたら、嬉しいなぁって」
 今でも隣で座っているのだが、座るのではなく寝て、同じ布団の中に潜っていて欲しい、と彼女は言う。
 座っている場合との違いはよくわからない。彼からすれば隣にいるなら同じである。
 が、一緒にと望まれるのは悪くない。
 彼女となら、同じ布団の下で包まれるのは魅力的な提案に思えた。
「では大きな布団が必要だな」
 用意しよう、と答えれば嬉しそうに笑い返してくるから、その空色の髪を撫でた。
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