『美しき心中』(クリア「魔術士系」)

文字数 1,591文字

一緒に終わることが出来ればどれだけ良かっただろう。
何度だってそう思い出すけれど、きっと何度同じ場面を迎えても、あの時それを許してくれる程、甘い相手ではない。何度だって同じように優しく背中を押されるんだろう。簡単に想像がつく。
今なら?
(まだじゃね? と笑う顔が簡単に浮かんだ)
*****

 どちらも大人なので、酒を飲む機会というものは少なくない。
 仕事柄断りやすかったとはいえ、場面によっては仕事故に断れないこともあって、けれど揃って嗜み程度に酒には慣れているので呑まれるような失敗をしてくることもない。
 個人的には積極的に飲むほどでもないが、良い酒が入ったら多少は飲んでみようかと思う程度に酒への興味も残っている。
 それでも城にいた頃は、前後不覚に酔うほど飲んだ記憶は一度もなかった。
 仕えていたのが幼い子だったのもある。
 だから、今こんな風にクリアがしたたかに酔えているのは、ここがあの頃と異なる、森の中だからというのが大きいのだと思う。万が一がない、もしあっても代わりにどうにかしてくれると信じられる者がいる場所だから、ほんの少し気を抜いて箍を外しているのだろう。
 ここに敵はいない。
 ここに敵はこない。
 それはイガルドも同意するけれど、さりとてこの場を他の住人に見せられるかといえば否だろう。
 誰に見せてもきっと誤解はしないし悪いようにはとらないだろうが、恐らく酒が抜けた後にクリアが酷く後悔する。だから、今こうしてクリアが滔々と続ける話を聞いているのは自分だけだ。

 もしあの時、と思うことはイガルドにだって沢山ある。
 酒精の力を借りたクリアは、そんな己の中に眠る仮定を、夢のように語っているだけだ。
 誰に対しというわけでもないのだろう。
 片手は酒の入った硝子を揺らして、床にぺたりと座って窓に寄りかかり、視線は窓の外に向いたまま。

 手を鳴らせば直ぐに正気に戻りそうなほど、浅瀬にある酔いの深みに浸って喋っている姿は、幻想的ですらある。
 だから合いの手すら入れずに、イガルドは黙って聞いていた。
 その周囲に時折、ちらちらと色とりどりの光が瞬いても、特に声は出さなかった。
 本人が気づいていない事を、今ここで教えることもないだろうと思う。ただ、最初に目にした時に声を出さずに済んだのは、やっぱり酒のお陰なのかもしれない。非現実さには驚くけれど、理性を犯す酒の力のせいで、衝撃は緩やかだった。

(酔いがはっきりした辺りから、だっけ?)

 普段にない事を遠い目で話し始めた辺りからだ。
 酒の酔い方は人それぞれな部分があるが、ある地点を境にすとんと理性が薄くなるような酔い方をする者は案外多くて、クリアがそれに該当するかは不明だけれど、思うにそのすとんと落ちた後辺りからじゃないかと思う。
 星のような瞬きがその周囲にちらつき始めた。
 赤や青や黄色、その他色とりどりの光が不自然に現れては流れて消えて。最初は自分の目が酒でおかしくなったのかと思ったけれど、直ぐに違うと理解した。
 本人は気づいていないが、それはクリアの周囲にだけ発生している。

(魔術なのか、違うものなのか、知らないけど)

 魔術は嗜まないので、一体何なのかすらわからないが、無害そうなので眺めるだけ眺めている。
 不規則に現れ流れ消える光。
 サフ辺りが見れば喜びそうな綺麗さで、クリアに関係するものだと理解した為か、怖さは不思議と感じなかった。

(まぁ、酒が抜けても残るようなら、自分でどうにかすんだろ)

 見ている間にもクリアの話は続いていたけれど、こちらも酒が深まってきた関係で、話より睡魔に傾倒する方が早そうだ。
 酒席の話などまともに受け取る大人はいないし。
 酔ってる相手に、眠る前に聞く絵本の物語のような、とりとめもない話を続けるクリアも悪い。
 自分の盃の中に残っている分を飲み干して、話す声を聞きながらイガルドは目を閉じた。
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