代表首席もしもバージョンその3(「代表首席の選ぶ自由の話」より)
文字数 1,742文字
「毒、ですか」
「そうみたい」
「……」
「何?」
「師匠が、毒に負けるわけないでしょ」
「はい?」
「師匠は、毒じゃ死にませんよ。絶対に。そんなもの、師匠には効かない」
「……貴方ねぇ」
「なんですか」
「……私だからいいけど、その無意識に魔法使う癖、早く直しなさいよ」
*****
もしも「代表首席の選ぶ自由の話」の彼が、師匠に出会ってた最初からもう1つの能力を完全に開花させてた彼だったら、という謎設定です。つまりその1その2の彼ともまた違う設定というカオスでお届けになります。
こちらは「不肖の弟子が預かったもの」辺り。
以下は、伏せった師匠を回復させた彼のその後です。
(もしも設定なので本編は一瞬忘れてください)
*****
蝕んだ毒が全て一瞬で消えたとしても、毒で磨耗した体が直ぐ健康になるわけではない。
それでもエメラルドは徐々に(常人ではありえない速度で)回復し、数日も経てば短時間ながら立ち上がれるようになっていた。
その間、クリアがずっと後宮に滞在したのは、万が一を警戒した為だ。
来た時同様に姿を消したままでも良かったのだけど、毒を消したことを気づいて早々に師匠が表向きにも滞在できるように状況を整えてしまい、断ろうとしたクリアの意見など全部無視して娘にまで紹介してしまった。死にそうに弱ってても身勝手な辺り、非常に師匠らしいのでいまさら文句も出ない。
最初会った瞬間にはきょとっとしていた幼い娘は、母親からの「私の悪いとこを治した人よ」という言葉ですっかりクリアのことを信用してしまったらしい。今ではすっかり懐いている。
子どもに懐かれた経験は全くなかったので、ちょっとだけ面映ゆいけれど、母親の代わりに四六時中一緒にいる必要があることを考えれば悪くなかったし、不思議とこの子ども相手には身構える気が起きず自然体で接する事が出来た。
「ねぇクリア、おかあさん、もうだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ」
今日も母親の面会から戻る時、毎日繰り返している質問をまたサファイアは投げてきて、クリアはそれに昨日と同じ言葉を返す。
何度も確かめる理由が痛いくらいわかるから、面倒だとは思わなかった。
上手に言いくるめる方法なんて知らなかったから、毎回同じ言葉を返すしか出来なかったけれど。
数日前には本当に死にかけていた母親を見ていたのだから、いくら回復してきたとはいえ幼い子どもが俄かにそれを信じられないのは当然だと思う。大事な人を失う恐怖は、仮にどうにかなったとしても簡単に消えるものじゃない。
きっとこの子が普段通りに戻るのは、エメラルドが前みたいに動けるようになった後だろう。
「ありがとう。ごめんね」
サファイアの言葉に、前を見て歩いていたクリアは立ち止まって彼女を見下ろす。
じっとこちらを見る青い目は酷く綺麗で、幼い子どもだとわかっているのに、全部見透かされているような気がする。色は違うけれど、その独特な雰囲気は母親の目が持つ力とよく似ていた。
「どうしたの? 急に」
「だって、わたしのためにクリアはおかあさんによばれたんでしょ……?」
その言葉にどきりと心臓が揺れた。
少なくとも師匠はクリアを弟子としか紹介してないし、現れた理由も「私を心配して来たのよ」としか教えてないのだ。その上サファイアは自分が何なのかもまだ知らない。それなのに今の言葉はまるで、何もかも知ってるかのようで。
どこまで、なにを?
返答が出来ないまま思考を回すクリアに、少女は不意に俯いた。
その視線が外れて少しほっとすると同時、妙に落ち着かない気分にもなる。
こんな風に視線を外されたのが初めてだったからかもしれない。彼が言葉を見つけるより前、サファイアから小さな声が届いた。
「わたしはもうだいじょうぶだから」
ぎょっとしつつ小さな金色の頭を見下ろす。
言葉足らずで、彼女がどこまで知っているかはわからない。
ただ幼いなりに周りを気遣っているのは伝わって、酷く居た堪れなくなった。
そして同時に自分の昔を思い出し、あぁきっとこういう気持ちだったのだろうなと理解して、いつの間にか苦笑いが溢れてしまう。こういう時、彼はどうしてたかなと思いながら、サファイアの金色の髪の下の表情を確かめるため、その場に膝を折って座り込んだ。
「そうみたい」
「……」
「何?」
「師匠が、毒に負けるわけないでしょ」
「はい?」
「師匠は、毒じゃ死にませんよ。絶対に。そんなもの、師匠には効かない」
「……貴方ねぇ」
「なんですか」
「……私だからいいけど、その無意識に魔法使う癖、早く直しなさいよ」
*****
もしも「代表首席の選ぶ自由の話」の彼が、師匠に出会ってた最初からもう1つの能力を完全に開花させてた彼だったら、という謎設定です。つまりその1その2の彼ともまた違う設定というカオスでお届けになります。
こちらは「不肖の弟子が預かったもの」辺り。
以下は、伏せった師匠を回復させた彼のその後です。
(もしも設定なので本編は一瞬忘れてください)
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蝕んだ毒が全て一瞬で消えたとしても、毒で磨耗した体が直ぐ健康になるわけではない。
それでもエメラルドは徐々に(常人ではありえない速度で)回復し、数日も経てば短時間ながら立ち上がれるようになっていた。
その間、クリアがずっと後宮に滞在したのは、万が一を警戒した為だ。
来た時同様に姿を消したままでも良かったのだけど、毒を消したことを気づいて早々に師匠が表向きにも滞在できるように状況を整えてしまい、断ろうとしたクリアの意見など全部無視して娘にまで紹介してしまった。死にそうに弱ってても身勝手な辺り、非常に師匠らしいのでいまさら文句も出ない。
最初会った瞬間にはきょとっとしていた幼い娘は、母親からの「私の悪いとこを治した人よ」という言葉ですっかりクリアのことを信用してしまったらしい。今ではすっかり懐いている。
子どもに懐かれた経験は全くなかったので、ちょっとだけ面映ゆいけれど、母親の代わりに四六時中一緒にいる必要があることを考えれば悪くなかったし、不思議とこの子ども相手には身構える気が起きず自然体で接する事が出来た。
「ねぇクリア、おかあさん、もうだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ」
今日も母親の面会から戻る時、毎日繰り返している質問をまたサファイアは投げてきて、クリアはそれに昨日と同じ言葉を返す。
何度も確かめる理由が痛いくらいわかるから、面倒だとは思わなかった。
上手に言いくるめる方法なんて知らなかったから、毎回同じ言葉を返すしか出来なかったけれど。
数日前には本当に死にかけていた母親を見ていたのだから、いくら回復してきたとはいえ幼い子どもが俄かにそれを信じられないのは当然だと思う。大事な人を失う恐怖は、仮にどうにかなったとしても簡単に消えるものじゃない。
きっとこの子が普段通りに戻るのは、エメラルドが前みたいに動けるようになった後だろう。
「ありがとう。ごめんね」
サファイアの言葉に、前を見て歩いていたクリアは立ち止まって彼女を見下ろす。
じっとこちらを見る青い目は酷く綺麗で、幼い子どもだとわかっているのに、全部見透かされているような気がする。色は違うけれど、その独特な雰囲気は母親の目が持つ力とよく似ていた。
「どうしたの? 急に」
「だって、わたしのためにクリアはおかあさんによばれたんでしょ……?」
その言葉にどきりと心臓が揺れた。
少なくとも師匠はクリアを弟子としか紹介してないし、現れた理由も「私を心配して来たのよ」としか教えてないのだ。その上サファイアは自分が何なのかもまだ知らない。それなのに今の言葉はまるで、何もかも知ってるかのようで。
どこまで、なにを?
返答が出来ないまま思考を回すクリアに、少女は不意に俯いた。
その視線が外れて少しほっとすると同時、妙に落ち着かない気分にもなる。
こんな風に視線を外されたのが初めてだったからかもしれない。彼が言葉を見つけるより前、サファイアから小さな声が届いた。
「わたしはもうだいじょうぶだから」
ぎょっとしつつ小さな金色の頭を見下ろす。
言葉足らずで、彼女がどこまで知っているかはわからない。
ただ幼いなりに周りを気遣っているのは伝わって、酷く居た堪れなくなった。
そして同時に自分の昔を思い出し、あぁきっとこういう気持ちだったのだろうなと理解して、いつの間にか苦笑いが溢れてしまう。こういう時、彼はどうしてたかなと思いながら、サファイアの金色の髪の下の表情を確かめるため、その場に膝を折って座り込んだ。