『そんな顔して言われましても、』(次元の狭間の主「魔術士系」)

文字数 1,336文字

基本、命令せずとも畏まられる彼であるが、ごく稀に初めからそんな気の無い者達がいることもある。
「前から気になってたんだけど」
彼女もまたその一人で、初めて会った時から敬語が出たことがない。
けれどそれを不快と思わない位、彼女は愛らしかった。
「貴方、人間?」
さてどう答えるか。
*****

 洗礼を受ける者の平均年齢はおよそ10歳前後である。
 個人の能力や環境で多少の差異は出るものの、だいたい全員がその辺りに収まるものだ。しかし稀に明らかにそこを逸脱してやってくる者もある。極端に逸脱している場合、周囲と本人に配慮して、洗礼の時を少しずらして単独で受けさせるようにしていたが、彼女は久々にその該当者だった。
 齢5つを数えているかも怪しい幼い娘は、初めて来る次元の狭間にきょろきょろと興味深げに視線を投げている。
 すぐにこちらを見つけると、鮮やかな緑の目を輝かせて鈴が転げるような声を上げた。
「あなたがうわさの、次元の狭間の主?」
「そうだが」
 どこでどういう噂になっているのか。
 微妙に引っかかる言い方をした幼女は、しかしその理由を説明してくれることもなく、金の髪をなびかせ近寄って来る。
「じゃあわたしもきょうから魔術士なのね?」
「あぁ」
「やったわー、これでいろいろごまかしやすくなるわ!」
 この娘はこちらのツッコミを待っているのか。その齢で何をごまかして生きていこうとしているのか、尋ねるまでもなく答えは得られた。
「……そなた、よく魔術士になれたな」
 自分がこう言うのは間違っているのかもしれないが、彼女の背景を知った上では他に言いようがない。
 まずこれだけ長く存在している主をして、一度もお目にかかってない条件の魔術士である。本来ならば魔術士に「なる必要など全くない」為に、魔術士の素養があっても魔術士が生まれなかった。この幼女も同様、そのままならば魔術士になる必要など全くない。
 今後魔術を使う気があるのかすら危ぶまれる。
 そんなことを考える次元の狭間の主に、幼女はふふんと自慢げに胸を張った。
 いちいち仕草が大げさで極端だが、それはそれで幼さもあいまって可愛らしいものにしか映らない。見た目だけで10割得をしているような幼女は、小賢しく可愛らしく笑う。
「わたしに、なれないものなんてないのよ?」
 確かにそうだろう。彼女がその能力を遺憾なく発揮してしまえば、出来ないことの方が少ない。
 だからこそ魔術士になる必要もないのだが。
「では何故、魔術士になった?」
 問いかけた次元の狭間の主に、一瞬驚いたような顔をした幼女は、次に呆れた表情になってことんと首を傾げた。
「あなた、次元の狭間の主なのに、そんなこともわかんないの?」
 なかなかの言い分である。
 最初の言葉からして、こちらの立場も理解した上でそう言える度胸は、世界中に分け与えても尚余りそうなほどに大きそうだ。
「……私はそなたではないからな」
「そうね。そゆこと? えっと、りゆうはいっぱいあるけど、いちばんは、わたしがなりたかったからよ」
 じゃなけりゃなる必要ないじゃない!!
 はっきりとそう宣言した幼女に、少しの間言葉を失っていた主は、すぐ我に返って苦笑いした。
 全くの正論を幼子に返されれば、大人の立つ瀬など何処にもない。
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