『一時休戦』(ゾルデフォン「堕ちた悪魔」)

文字数 828文字

*****
稀に怒らせてしまう。
種族の差とか、埋められないものを前に嘘のつけない彼女は怒り、嘘をつきたくない彼は困り果てる。
そこで発生する微妙な隙間は、永遠にも思える苦痛だ。

けれど。
「ん」
寝床に向かった彼女がぽんぽんシーツを叩く。

眠気の前にはどんな隙間も無意味らしい。
*****


 側にいてくれないと眠れない。
 そう言われるようになってから久しく。
 恋をしている彼からすれば、恋をしていないこの天使からそこまで必要とされることが奇跡のようで、その言葉を不快に思う理由など無かった。
 こちらは彼女がいなければ存在すら危うくなる程に心が堕ちているのだ。彼女からだって、眠りに使う寝具程度にでも必要としてくれるなら、それは喜ばしいことである。
 喧嘩していて怒っててすら欲して来る程、そこにいるのが当たり前になっているというなら。
 きっとそれは幸せなのだろう。

 わかっているのだが、ごく稀に虐めたくなるのは、悪魔の性分か。
 いつだって可愛がりたい。それは紛れもなく本音なのに。

 シーツを叩いた彼女を見て、けれど彼はすぐに動かなかった。
 じっと、大きすぎるベッドの上にいる小さな天使を眺めたら、いつものようにすぐ反応を返さない彼に、ふっと彼女の桃色の瞳が揺れたのがわかった。そこに過ぎる不安の色に、仄暗い安心感を覚える。
 もう一度、ぽんぽんとシーツが叩かれた。

 まだ。
 もう少し。

 じっと動かない彼に、不安が強くなったのか、小さな手がシーツをぎゅっと握りしめるのが見える。
 ふるっと揺れた細い肩に、そろそろ潮時を感じて動こうとした時。
 先に動いたのは彼女の方だった。
 顔を上げずにベッドから飛び降りると、まっすぐこちらにやって来てぎゅっとしがみついて来る。
「意地悪です」
 消え入りそうな声でそう囁かれて、心に広がった安心感は見せないまま。
 謝罪の代わりに、その体を抱きしめた。

 そうして、負けが決まっている関係性で偶に得られる甘い毒のような満足感に、今日も浸ってしまう。
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