『ごめんね、諦めて。』(サフォンド「仮初世界の疑似記録」)

文字数 892文字

彼女は自分のために生きてない人。
その選択肢があることも忘れた人。
だからこそ勇者にもなれた。
そして倒すべき相手がいなくなっても、きっと死ぬまで自分を許さない人。

独りになったら、消えてしまう人。
*****

断罪が欲しいならあげる。この身が、重しとなればいい。死ぬまで背負えばいい。

*****

 疲れたように息を吐いた。
 家に帰り着いた途端に疲れを見せた彼女を、ひょいっと抱え上げる。
 どれだけ人間離れしている技能があろうとも体はどうしようもなく人間であるアリアが日常の激務に疲れるのは当たり前で、人間でない自分が全く疲れないのも当たり前。であれば疲れた彼女の世話を焼くのは己の役割だろうと主張してきた甲斐あって、今では彼女も抵抗をしない。
 誰も頼ろうとしないアリアが自分に頼れるのは、自分が人ではないから。
 最初から彼女にとって武器であったことも大きいだろう。戦うその中で、自らの命運を委ね、時には寄りかかる杖となるもの。命を守り、命を奪う存在。
 人ではないから与えられないあれこれもあるけれど、人でないからこそ与えられるものを思えば、これでいいのではないかと思う。
 少なくとも今の、そしてこれからの彼女に必要なのは人間の添い遂げられる相手ではない。
「ごはんにする? おふろにする?」
「風呂、かな」
「俺、でもいいよ?」
「どちらにせよ一緒でしょ」
 赤みがかった目で見上げられて、それはそうだと笑う。
 どっちを選んだって自分が世話を焼くことに変わりない。
 食事でも風呂でも。
 色っぽい意味での欲がほぼないアリアは自分に対しそういう要求をしてくることはないけれど、いざ望まれたならいつだって答える気はあるのだということは忘れて欲しくないので、時折こうして無駄とわかっている問いかけもしてしまう。
 仮に彼女がそれを求める日があるとしても、そこを他の誰にも譲る気はない。
 自分がそれにふさわしい相手かどうかは二の次だ。
 アリアに関わる全部、どんなことだって。

 それが彼女の選択肢を奪うことだとわかっていても、それでも。
「ごめんね?」
 何をとも言わず謝れば、何も言わずにアリアはこちらの頬を撫でてくれた。

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