『言い訳はバッチリさ』(ソーヤ「魔術士系」)

文字数 1,544文字

「変わってるね」
長く出来損ないと影で嗤われていた王女の教育係に自ら着いた彼に、当初周囲はそう言ってきた。
その感想が変化したのは、王女が最新の魔術書に名を連ねてると知られた辺り。
「だから教育係になったんだ」
そう言ってくる者たちに、関係ないと教えてもきっと意味はないだろう。
*****

 メルティアという名の王女をソーヤが知ったのは、城仕えの魔術士になって直ぐのことだった。
 魔術の素養がある王女がいるという話は城中の魔術士の中にあっという間に広まったのだ。王族ではあるが、魔術の素養があるとなったら、将来的にその能力に関係なく城の魔術士の上に立つ可能性が出てくる。要はお飾りの上司となるかもしれないということで、城仕えの魔術士たちは全員気にしたのだ。
 それがすぐに失笑に変わった。
 素養があるのにいつまで経っても魔術士になれない。
 当初こそ将来の上司(候補)に媚を売ろうと指導係に名乗り出た者は多かったが、事情が知れ渡ると逆に全員が関わりを避けるようになった。王族であるから無能と見放し終わることもできないのに、その責任を取らされてはかなわないと、指導係は頻繁に変わるようになった。
 短期間で入れ替わることで責任を分散させようとしていた、のだろう。
 だから、あの森から戻ったソーヤが自ら指導係(無期限)に名乗り出た時、周囲には若干ほっとした空気すら広がったのだ。
 これで後何年王女がなり損ないでも、責任を取らされるのはソーヤ1人になると。

 この時点で既に王女が魔術士になれていると知っているのはソーヤだけで。
 もしもそれが先に周囲へ知れていたら、ソーヤの指導係就任は少し難しかったかもしれない。
 周囲への報告を遅らせたのは、他でもないメルティア自身だった。
「ソーヤさんに指導係になって貰う上で、そうした方が良いと思うんです」
 日頃から大人しい王女が、恐る恐ると言った風に言い出したのは城に着く前。
「先に私のことを報告すると、逆に今後の指導係に野心を持ってなろうとする方々が出てくるでしょう?」
 世間知らずのように思っていた王女は、その自信のない言動以上に周りをよく観察しているらしかった。いや、弱気だからこそより注意深く周囲を観察しているのかも知れない。
「それは否定できませんね」
「アミルさんは、私が公に師であると公言せずともきっと怒りません。いえ、公言しないことを望んでいるでしょう。でもそうなれば、誰が私の師匠になったかを詮索する方も出てくるかもしれません」
「事後報告にすれば、僕が師匠だと周囲に誤認させられる、ということですね?」
「はい。そしてその功績を盾にすれば、たとえソーヤさんより上の立場の方の意見だろうと、安易に私の教育係から動かすことはできなくなるでしょう。勿論、私自身が強く希望する前提ですが」
 魔術士になる前は指導係と呼ばれるそれが、魔術士になった後は教育係と呼ばれるようになる。基本、指導係が教育係も継続して担当するので、メルティアの言う通りになるだろう。
 逆にメルティアがもう魔術士になっていると知れれば、今の指導係が立場を譲ろうとしない可能性や、他の誰かがその場所を希望する可能性は高い。彼女に言われ、ソーヤもそれに思い至った。今の「誰でも望めば就任できるメルティア王女の指導係」は、彼女が出来損ないである前提に成立している状態でしかない。

(メルティア様も、やっぱり王族なんだな)

 普通の少女では困難な洞察。
 性格も能力もただ弱いだけだと思っていた王女は、目立たないながら、しなやかでしたたからしい。
 それを強く再認識した時、ソーヤは単に森の住人との繋がりを確保する為だけでなく、この王女の今後の成長を一番近くで支えたいという強い欲求が自分の中で生まれたのを感じた。
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