『でも、明日怒られそう。』(桂木「HSL」)

文字数 1,478文字

もう動けそうにない。
深夜どころか、外が白んだ明け方過ぎ。やっと部屋に辿り着いて倒れ込んだ。
久々に多く入れた酒は消化が間に合わず、確実に翌日持ち越ししそうな気配をしている。
せめて水を、と玄関に常在させてる冷蔵庫から取り出し強引に飲み干した。
課題をしていく余裕は無さそうだ。
*****

「2度目だぞ、桂木さんよ」
 呆れたような顔をして覗き込んでくる友人に、言葉もなく項垂れる。
 玄関で寝落ちした上にそのまま寝過ごし、結局学校には行けないまま夕方になり、前回と同じ状況を心配したらしい友人の来襲を受けたのがついさっき。
 前回と異なり、この時間までスマホの着信にも気づかなかった理由が完全に酒に呑まれただけという状況に、今度こそ山田の目は冷たい。
「せめて学校のある日の前は飲むなって。仮に起きてたってこんな酒臭さじゃ来た瞬間に騒ぎだぞ」
「俺も、ここまで飲む予定じゃなかったんだけどね」
 店に普通より大きな金を落としてくれる常連のお得意様に、めでたいことがあった。
 その祝福の酒を当のご本人様が店で次々開けていってくれているというのに、居合わせるその店の経営者が一人だけ祝う言葉だけで済ませるなんてさすがに無理がある。でもこの辺の細かい機微は、山田にはまだ伝わり辛いような気がして、それ以上の言い訳は心の奥に仕舞う。
 そもそも、山田はきっとこんな夜の世界なんか関係ない明るい先に歩いていく子だ。
 本人が望むならまだしも、何も言われてないのにそういう知識を与えるのは、自分がバカな方だと分かっていても嫌だと思う。山田が、自分のいる方の世界に染まるのが何となく嫌だ。彼は、彼の世界で生きていて欲しいから。
 こういうの、何ていう感情なんだろう?
 バカだからすぐ出てこないけど、校長先生とかに聞けばわかるんだろうか?
「この匂い、明日までには抜けよ?」
「勿論。明日、何かあったっけ?」
「お前が楽しみにしてた科学の実験が3限にあるぞ」
「あー! 行く、絶対行く! 今日じゃなくてよかったああ!」
 先週の授業で先生に告知されてからずっと浮かれてたので、授業のある日に寝落ちしたんじゃなくて良かったと本気で思いつつ。
 こういうことを覚えててくれる辺り、山田はやっぱり接客とか向いてそうだなぁとも思う。
「何だよお前。分かってての今日じゃなかったのかよ」
「忘れてたに決まってるじゃん」
「堂々言うな、そんな情けないことを!」
 ぺしっと軽く頭を叩かれ、思わず笑ってしまった。
 だってきっと、こういうのだったのだ。
 自分が、高校なんて場所に初めて向かってまで欲しかったものは。これを何と言うのかはやっぱり分かんないけど、山田の向けてくれる態度はいつだって、心が温かくなる。だから、何をされても腹がたつ前に、嬉しくなる。怒られたって、どうにも落ち込み切れないのは、全部そのせいだ。
「とりあえず臭いから風呂入れば?」
「山田は?」
「あー、俺は、もう帰ろうかなと」
 お前大丈夫そうだし、と言っている山田の手には、前のことがあったからなんだろう、どこにでもあるドラッグストアの黄色いビニール袋が握られている。それが何のためのものなのかなんて思ったりしないし、お金くらい払うよなんてモテない男のセリフも出てこない。
 きっとそういうのは最初から山田は望んでない。
 だからその代わり、立ち上がろうとした山田の手を引く。
「うお!? いきなり何だよ、あぶねーって」
「夕ご飯くらい、食べに行こうよ。一緒にどう?」
「え? いやでも……」
「時間ない? 今日のお礼にラーメンくらい奢るけど?」
「……まぁ、ラーメンならいっか」
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