『ラブソングを歌うよ』(春翔「春まだ遠く夜は明けず」)
文字数 1,316文字
聞いたことない言葉の鼻歌に、思わず問う。
「なんて曲?」
「確か『Tu me fais craquer』だったかな」
「どういう意味?」
「こっちだと『君にクラクラ』って邦題ついてた」
顔色変えずに教えてくれる春翔に、訊いたこっちが恥ずかしくなる。
また歌いだすから、逃げた。
*****
(遥の反応が面白いから歌っただけ)
*****
「何で逃げるの」
自分の部屋に帰ったすぐ後から、春翔の声がする。
扉の向こうにいるんだろう。
開けられないように扉の前に立つが、向こうからノブが動かされる様子はない。
何で、と言われても困る。特に説明するような事もなく、それでも居た堪れなかったなんて言ったら自意識過剰過ぎるだろう。春翔からすればただ歌ってただけ、なのに。
でもあんなタイトルの曲を平然と歌うのもどうなのか。
彼女からすれば、ラブソングの類を平気で歌ってのける相手は全員理解不能だ。共感もできず、さりとて好ましくもない甘ったるい歌詞たちは、口に乗せることすら憚られる。しかもそれを歌えるものの多くは単なる言葉としてそれを発するのは恥ずかしがるような者たちだ。
普通に口にして恥ずかしいのに何で歌えるのか。
全く理解しがたい。
……春翔が歌っていたそれは一切の日本語がない完全な洋楽だったので、そこまで思うのは考えすぎなのかもしれない。
歌詞の意味もわからない洋楽を口ずさむなんてよくあることで、実際の歌詞の意味を知って驚くのは、多国語に明るくない日本人ならよくあることだろう。
但し。
春翔が、どう考えても日本出身ではないことを加味しなければ、だが。
「さっきの歌」
「うん?」
「あんた、意味、わかって歌ってたでしょ」
「そりゃまぁ」
やっぱり。
あっさりと返される肯定に、何故か腹立たしくなってくる。
「何でそんな曲歌えるの? なんか……実感でもあるわけ?」
返答次第では、と物騒なことを考え始めた思考を読んだわけでもないだろうが、春翔は普段通りの様子で扉の向こうから答えた。
「全然。正直、超ありえない歌詞だなーとしか」
「じゃあなんで」
少しだけホッとした自分に嫌気すら感じつつ尋ねてみる。自分にとって色恋は一切身近じゃないものであるのと同様、この男にとっても色欲につながるような感情は身近でない筈なのに、そういうものと繋がりがある歌を歌える理由が知りたかった。
「俺にとっての音楽っていうのは、全部ただの『綺麗なモノ』だから。例えばほら、有名な裸の彫刻見たって何も思わないようなものだよ。曲だけだろうが、歌詞がついてようが、それが音楽なら全部、俺にとってはただの芸術品だ」
その言葉に、春翔の音を思い出す。
あの感情のない冷たい音。
きっとあれは春翔自身がその音楽に対して何も感じてないからこその冷たさなのだろう。どこまでも正確で完璧なのに、何の色も乗らないあの音が、春翔の言葉を裏付ける。
そういえば、そういう奴だった。
すとんと納得して息を吐くと同時、扉が突然開いて、凭れていた体がぐらっとふらついた。
よろめいてぽすっとぶつかった先は熱くて、そのまま閉じ込められたところで、ああこういう奴だったな、と思い出したけれど、逃げ場はとっくに塞がれていた。
「なんて曲?」
「確か『Tu me fais craquer』だったかな」
「どういう意味?」
「こっちだと『君にクラクラ』って邦題ついてた」
顔色変えずに教えてくれる春翔に、訊いたこっちが恥ずかしくなる。
また歌いだすから、逃げた。
*****
(遥の反応が面白いから歌っただけ)
*****
「何で逃げるの」
自分の部屋に帰ったすぐ後から、春翔の声がする。
扉の向こうにいるんだろう。
開けられないように扉の前に立つが、向こうからノブが動かされる様子はない。
何で、と言われても困る。特に説明するような事もなく、それでも居た堪れなかったなんて言ったら自意識過剰過ぎるだろう。春翔からすればただ歌ってただけ、なのに。
でもあんなタイトルの曲を平然と歌うのもどうなのか。
彼女からすれば、ラブソングの類を平気で歌ってのける相手は全員理解不能だ。共感もできず、さりとて好ましくもない甘ったるい歌詞たちは、口に乗せることすら憚られる。しかもそれを歌えるものの多くは単なる言葉としてそれを発するのは恥ずかしがるような者たちだ。
普通に口にして恥ずかしいのに何で歌えるのか。
全く理解しがたい。
……春翔が歌っていたそれは一切の日本語がない完全な洋楽だったので、そこまで思うのは考えすぎなのかもしれない。
歌詞の意味もわからない洋楽を口ずさむなんてよくあることで、実際の歌詞の意味を知って驚くのは、多国語に明るくない日本人ならよくあることだろう。
但し。
春翔が、どう考えても日本出身ではないことを加味しなければ、だが。
「さっきの歌」
「うん?」
「あんた、意味、わかって歌ってたでしょ」
「そりゃまぁ」
やっぱり。
あっさりと返される肯定に、何故か腹立たしくなってくる。
「何でそんな曲歌えるの? なんか……実感でもあるわけ?」
返答次第では、と物騒なことを考え始めた思考を読んだわけでもないだろうが、春翔は普段通りの様子で扉の向こうから答えた。
「全然。正直、超ありえない歌詞だなーとしか」
「じゃあなんで」
少しだけホッとした自分に嫌気すら感じつつ尋ねてみる。自分にとって色恋は一切身近じゃないものであるのと同様、この男にとっても色欲につながるような感情は身近でない筈なのに、そういうものと繋がりがある歌を歌える理由が知りたかった。
「俺にとっての音楽っていうのは、全部ただの『綺麗なモノ』だから。例えばほら、有名な裸の彫刻見たって何も思わないようなものだよ。曲だけだろうが、歌詞がついてようが、それが音楽なら全部、俺にとってはただの芸術品だ」
その言葉に、春翔の音を思い出す。
あの感情のない冷たい音。
きっとあれは春翔自身がその音楽に対して何も感じてないからこその冷たさなのだろう。どこまでも正確で完璧なのに、何の色も乗らないあの音が、春翔の言葉を裏付ける。
そういえば、そういう奴だった。
すとんと納得して息を吐くと同時、扉が突然開いて、凭れていた体がぐらっとふらついた。
よろめいてぽすっとぶつかった先は熱くて、そのまま閉じ込められたところで、ああこういう奴だったな、と思い出したけれど、逃げ場はとっくに塞がれていた。