『その言葉が、重い』(ケテル「楽園外のセフィラ;第1の話」)

文字数 1,553文字

セフィラ様。ケテル様
当たり前に向けられる敬意や崇拝、そういうものをどうこう思ったことはない。
自分はそういう存在だから、只の人からそう扱われるのは当たり前だ。
だが、あの馬鹿ときたら。
「お前本当にアホだな!?」
自分が誰か分かっていてなお、”人”として扱ってくるから。
*****


 根本的に何かが足りてないのだろう。
 人並みの常識などはあるようなのだが、こちらの正体を知った後もカインの言動はほとんど変わらなかった。最初の方だけ少し恐縮していたような気もするが、そこから遠慮が消えたのはあっという間だった。

 そこがまずおかしいのだ。

 普通は消えない。どんなに慣れようが、セフィラという立場が消えるわけではないのだから。
 人とは違う絶対者。
 セフィラであるということは、存在する限りずっとそういう風に扱われるということで、決して只人の側に降りる日は来ない。だからそこには大きな溝が永遠に存在するものなのに、カインという男はその溝自体を認識できなくなるらしい。
 いや、溝という意識が消えるのか。
 いつの間にやら、互いに間には溝などなく、まして山もなく、見晴らしのいい平原が横たわっているらしい。
「なーなー。お前、これわかる?」
 こちらの仕事が終わった気配に気づいたらしいカインが、ずっと見ていた紙から顔を上げてそれを振りつつ近寄ってくる。
 見れば、それは解析の問題だった。
 本殿の中にある学校で出された課題だと思われる。恐らくカインの弟たちが出されたものだろう。何故それをカインが持っているかは知らないが、こんな質問をよりによってセフィラに投げかける自体が不敬だという発想はないらしい。
「当たり前だろう」
 逆にそんなものをわからないと答えられる方が怖いとは思わないのだろうか、と呆れつつも返事をすれば、その超不敬者はおお〜と感嘆の声まで上げた。全くどういう思考をしているのかわからない。
「マジでか。学校の頃の事とか忘れたりしねーの?」
「貴様と同じにするな。そもそもセフィラは最初からその程度知っているものだ」
 セフィラの時点で当然に与えられている知識があると言えば、やはりそれにも驚いた顔をした後、カインはものすごく訝しげな顔になってこっちを見てくる。
「えぇ〜……それ、ズルくね? 勉強要らねーの?」
「セフィラの役割は人のように生きることではない。神の端末の補佐だ。いつ何時役目を求められるかわからぬのに、年齢だの勉強不足だので対応出来ないほうがありえぬだろうが」
 呆れつつ説明をしたが、セフィラに「ズルい」なんて言葉を投げたのはこの馬鹿が最初で最後かもしれない。
 少なくともケテルの知るケテル自身の過去において、そんな馬鹿はいなかった。

(そんな発想が出るほどには、こいつの中でセフィラは人なのだろうが)

 人の中から誕生するし、体は人のそれだから、間違いではないが。
 何となく、人として扱われることが面映ゆい。
 産んだ親からすらセフィラという時点で溝を用意され、それを当然に受け止めてきたケテルをして、それらの溝を完全に埋め立て存在すら忘れ無作法に歩き回るカインは不思議な生き物に見える。だが、不快ではない。
 馬鹿だとは思うが、嫌では無い。
 でなければこんな男を誰が補佐に置くものか。

「解析士って全員こんなのやんなきゃいけねーんだって。大変だなーっスゲーなって思ってたんだけどさぁ」
 紙を再度見ながらカインが言う。
 あまりに馬鹿すぎてケテルにすら何を言い出すかわからないその男は、今回もやっぱり予想の斜め上の発言をする。
「最初からわかってるんだったら、お前はあんまりスゴくねーってことだな」
 そういう結論になるか。
 どこからどう突っ込めばいいかもわからなくなったが、とりあえずこの男には色々教育し直す必要があるようだ。
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