『御馳走様でした。』(山田「HSL」)

文字数 1,014文字

現実感のない部屋。
来た時からずっと消えないその印象も、カレーの匂いが漂えば多少軽減される。
広くて綺麗で、無機質で冷たい。
普段の印象と全く違う部屋は、自分の知らない桂木の一面なのだろう。
——こんなとこで寂しくないのか?
浮かんだ問いかけは、今はまだ言えそうにない。
*****

「おまたせー」
 大皿二つを持ってやってきた桂木が、それをテーブルに器用に乗せた。
 俺の方といえば、じっと座って待ってるのもあれなので飲み物を準備したりテーブルを拭いたりという些細なことをしていたのだが、すぐにやることがなくなってどうしようかと思ってたとこだったんで助かった。
 テレビとかつけてもいいって言われてたけど、桂木の部屋のテレビはデカすぎてなんとなく気後れしてしまった。
 両手広げてギリギリなサイズのテレビってどーなの。テレビにそんなサイズいるか? とか思ってしまう一般家庭のお子様なので仕方ない。
「匂いは普通、見た目も普通、だな?」
「そりゃそうだよ。俺、本場のインドカレーちょっと苦手だし」
 疑惑の椎茸カレー、ぱっと見は超普通のカレーにしか見えない。
「あーそれわかる。日本のカレーに慣れてるとインドカレーって違う感あるよな。って俺はあんま食う機会ないけど」
 すっげー子どもの頃に、何を考えたか親が気まぐれに有名なインドカレー屋に連れてってくれたんだけど、俺はあんまり美味しいと思わなかったし、ほとんど残してしまった記憶がある。今ならもうちょい食えるのかもだけど、俺にとっての本場のカレーの記憶はそこなので、今ひとつ興味が湧かない代物になってる。
 普通の日本版カレーは好きなんだけどなぁ。
「あの味付けからして素人日本人には厳しいよね」
「まぁインドの人からすりゃ日本のカレーも同じ感じなんだろけどな」
 喋りながら桂木に、用意してたスプーンとコップを渡して、俺もスプーンを持つ。
「じゃ、食べよ」
「いただきます」
 スプーンを持ったまま両手を合わせて食事の挨拶をしたら、桂木が小さく声を出して笑った。

 え、行儀悪かったか?
 まぁそりゃ良くはないけど、笑うようなトコあったか!?

 食べるのも忘れ思わず桂木を凝視してしまった俺に、桂木は「ごめん、食べていいよ」とまだ笑いながら言う。
「そんな笑われたままで食えるか!」
「いっぺーちゃん繊細ぃ」
「普通の神経してるだけだっつーの!」
 俺たちがしばらく言い争う間、カレーはすぐに冷めることもなく白い湯気をのぼらせていた。
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