『素直に言えよ!』(信介「仮初世界の疑似記録」)

文字数 959文字

自分の周囲は捻くれ者が多すぎる。
そう言うと兄は「信ちゃんが素直なだけだよ」と笑うけど、信介としてはどうしてああも素直じゃ無いのかの理由がわからない。
言いたいことくらい、素直に言えばいいのに、なんで隠すんだろう。
もっと大人になればわかるのか? わかりたくない気もする。
*****

 同年代の友人代表である少女に話すと、ふんっと鼻で笑われた。
「馬鹿ね。素直さが美徳になるのは子ども時代の特権よ」
「大人になったらどうなるんだ?」
「つけ入られやすい欠点になるの。だから皆、できるだけ隠すのよ」
 さすが日常で大人と対等にビジネスをしている社長だけあって、年齢は同じ筈なのに回答はシビアだ。
 ただ、彼女にまでそう言われるのだとすれば、それはきっと大人の社会において一つの正解なのだろうと分かる。
 ひどく賢いこの友人は、少なくとも完全な不正解を半端な思い込みで友人に吹き込んだりはしない。だから、彼女がここまで断言するなら、それはきっと事実の一端なのだ。
 素直に振る舞えないからそうしてるのではなく、素直に振る舞うと問題があるからそうしないだけ。
 はっきり言われれば、成る程それは仕方ないんだろうなと思う。
 なんというか、理解できるかの問題じゃなく、そうすべきだからそうするという強制力みたいな。分数の割り算でひっくり返して計算するのと似ている。どうしてひっくり返すのかの理由を知ることに意味はなく、ただそうすれば正解になるからそうするよう覚える、ような。
 沢山ある「何も考えずそうした方がいいこと」の一個、なんだろう。
「大人、大変なんだな」
 はぁ、と憂鬱にため息をつけば、何を思ったのか彼女は補足してくれる。
「素直さを全部捨てるわけじゃないわ。ほとんどの人は、相手を選んで出してるものよ」
「えっと、その、つけ入ってこない相手にだけ見せる、的な?」
「そういうこと。あんたの周りにはそういう大人の方が多いんじゃない?」
 言われ、思い出せば確かに、特定の相手にだけ妙に違う反応を見せる大人は多い。あれはそうか素直になれてるってやつか、と本人たちが聞けば全力否定するだろうことを思いながら信介は納得して頷いた。
「経験値が増えれば人は器用になるものよ」
 良くも悪くも、と続けた友人に、尋ねる。
「俺もそうなるかな?」
「あんたは……どうかしらね」
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