第5話
文字数 2,072文字
ミーティングルームであるこの部屋には既にある種の緊張感が漂っている。そんな中で咳払いをして順子の様子を伺う竹原の表情は今から起きる出来事を見越して不安を通り越し、どこか怯え切った小動物と化している。
「・・どういうこと?」
「(来た・・)ど・どういうことと言いますと・・」
「甲冑でしょう」
「あぁ~・・はい・・」
「それに、真田幸村に後藤又兵衛」
「ハイハイ」
「そんでもって、菅原道真に伯母さんの覚寿尼さん」
「そう・・ですね・・」
「それでもって、マナリくん?」
「井真成(いのまなり)ですね」
「どっちでもいい!」
「でした・・」
「それに古墳・・どれもこれも年代が違い過ぎるし。全てを取り込むと、それこそ壮大過ぎて、まるで大河ドラマ三年分をイベントでやらなきゃならないわよね」
「まあ、それだけ歴史が在る地域だということで・・それにこう言った壮大なテーマは順子さんでなければ捌き切れないと思いますし」
すかさず迫力のある目力で竹原を一瞥する順子。すると、小動物から昆虫の類に退化しながらも放たれた弾丸を上手に避ける竹原。
そんな竹原を眺めつつ順子は思った。
林田会長は別として、事務局長の竹田と副会長の芳本の二人は全く考えや持っているイメージ、そして拘りが違い過ぎる・・。
幾分、竹田の方が現実的な様には思えたが。それでも範囲が広すぎて全体像が掴めない。
芳本はと言うと、この地域で四百年前に起きた‘道明寺の戦い’に強い想いがある様で、特に甲冑への強い拘りが感じられた。
と言うより彼の話した内容は結局、順子には甲冑のことしか残らなかったりした。
(さてはて、どう捌いて料理したものか)
そもそも順子はイベントをプロデュースするに際してのモットーとして、テーマをよく吟味したうえでクライアントが欲するプログラムを構成し、それを確実に実行することでクライアントを満足させ悦ばせることを第一と考え実行して来た。ある意味、それが彼女の流儀・スタイルであり。また仕事に対する信念だったりする。そして、今までそれを確実に成し遂げてきたことが順子の絶対的なルールであり矜持ともなっているのだ。
それに、今年に関西進出の足掛かりとなった大阪城でのイベントに次いでの仕事となるこの道明寺でのイベントは、是が非でも成功させなければならないと考えている。
そう、失敗は許されない。
上司の部長に退職願を投げつけ、自分の力と想いを存分に追及するために起業してはや二年余りが経った。関東ではそれなりの規模のイベントをこなせるまでにはなったが。それでも大阪城のイベントの規模は初めてだった。
この流れを軌道に乗せる為にも、道明寺でのイベントは失敗出来ない。否、ここで躓くワケにはいかないのだ。
そう、悲壮感にすら近い想いと覚悟が順子を覆っていると言えた。
そして、そんな順子の状況や想いを彼女と行動を共にして早七年。順子の退社に追随する様に会社を退社し、順子が起業した株式会社プランニング・ミューに参加した竹原は充分にそのことを理解している。そんな竹原なのだが、彼には性癖と言うべきか。それとも単なるKY=粗忽者なのかどうかは定かではないが。とにかく沈黙に弱いせいで言わなくてもよい発言をしてしまうところがある。
(ここは黙って包容力のある存在でなくては・・そう、頼れる右腕でなくては・・あぁ~でも、耐えられない!)となって、つい、「と・とにかく、来年の一月に行なわれるという、道明寺天満宮での‘うそかえ祭’と云うイベントに参加してみてはどうでしょう? あの町の人々の想いなどが少しでも理解出来るかもしれませんし」。(あっ!・・言っちゃった)と思うや否や順子が、「竹原・・」と、「は・はい(後悔は、やっぱり先に立たない。これから1時間は愚痴の混じった説教が襲って来る)」。
と竹原が凍り付いていると・・・。
「それ、イイね」。「はぁ?」
「その、‘うそかえ祭’とやらには参加してみようじゃないの。何かのヒントが掴めるかもしれない・・うん、良いじゃないの」
余りに予想外の展開に啞然としている竹原を尻目に椅子から立ち上がった順子は矢継早に資料と情報の収集を指示しだす。
唖然としていた竹原も慌ててメモをしだすが、急に動きと指示を止めた順子が、「ところで竹原。皆の前では順子さんは厳禁だと言ったわよね。今後破れば罰金千円。忘れない様に」。 「は・・ハイ」。と、動きを止めて固まる竹原に、「仕事上、否、オフィシャルでは桜田まさみと呼びなさい。解った」。と追い打ちをかける順子。「しょ・・承知してます」。
「くれぐれも気をつける様に」。「わ・わかりました」と固まっている竹原をあらんばかりの目力を向け凄む順子。一瞬の緊張漂う静寂から再び矢継早に指示を出し始める順子と、硬直した表情のままメモをしだす竹原。
とてもケッタイな空間と化している。