第23話
文字数 1,688文字
「なるほど、大川さんのお宅はこの道明寺では名家の一つで、一般的には経済的に余裕のある資産家のお家柄だと思われています。
確かに、ご先々代までの大川家は間違いなくそうだったでしょう。しかし、ご先代、つまり大川さんの御父上が亡くなられて大川さんが家を継がれた頃には台所事情も随分と厳しい状態だったと大川さんから伺ったことがありました」
竹田は思わず息を飲み込んでしまい。林田は、「まさか・・全然そんな風には・・」。と言ったままで後の言葉が見つからないのか、それ以降は黙り込んでしまった。
そんな二人を察するかのように北畠宮司はゆっくりと話を続けた。
「さすがに借金まではなかったみたいですけど。家の収入は既に勤めに出ていた大川さんの収入に頼らなければならない状態だったみたいですね」
「どうしてそんなことに・・」と、林田が素朴な疑問を口にすると、北畠宮司はようやく林田と竹田に顔を向けて話しを続けた。
「大川さんの家は、何かの事業に成功して財を為したのではなく。それこそ父祖伝来から、この地域の地主として栄えて来た名家の一つでした。それが、戦後のGHQによる農地改革で土地を取り上げられてからは、なかなか厳しい現実があったと思います。それでも大川さんの先々代、即ちお爺様は上手く立ち回って随分と多くの土地を残されたと伺っています。しかし、大川さんのお父様の代となってから徐々にそれらの土地などを手放していくことになってしまったと聞いています。お二人とも何となく憶えておいででしょう。大川さんのお父様のことは・・」
(確かに豪快で面倒見の良い人だったと、オヤジやおふくろからよく聞かされた覚えがある)と竹田は思い出した。
「私も幾度となくお会いしましたが。実に豪気で面倒見の良い方でした。この天満宮のお世話も良くして頂きましたし。それに、親戚や知人への面倒なども良くされてもいた。
それこそ、この道明寺での名家の当主として地域に物心両面において貢献されて居たのを先代の宮司、私の父からも聞かされてもいましたし、私自身も見聞きしていました。
しかし、後で大川さんから伺った話では、やりくりは相当大変だった様で。残った土地などを切り売りして多くの方の面倒を見ていたそうです。それ故、お亡くなりになられた時には、借金こそ無かったものの・・だったそうです」
北畠宮司の話が終わると。それぞれが物思いに耽け入り静寂の中に身を置いてしまった。
(知らなかった・・)
竹田は今日までの大川さんとのやり取りや。その関係性と云った様々な事を想い巡らせた。
それでも、思い当たる節は何もない・・それだけ薄い関係性だったということなのだろうか。
それとも、大川さんが見事に一切の弱みを見せなかったということなのだろうか。
何れにせよ、余りに意外な事実に気持ちが追い付かず整理もつかないまま得体の知れない感情に襲われて言葉が見つからず、只、黙り込むしかなかったのである。
「そんな事情が・・それならそれで、何でもエエから相談してくれはったら・・僕らに出来ることは少ないけど、それでも・・」と林田が独り言のように呟くと、その言葉を遮るように、
「代々続く名家のプライド・・それが皆さんに甘えることを許さなかったんでしょう。大川さんはお二人もご承知の通り。この町を愛し、そして誇りに思ってもいる。
そして、共に創り上げようとしている道明寺合戦まつりに対しても並々ならない想いを持ってもいらっしゃる。だからこそ、今回で自分が関われるのが最後となるかもしれないと覚悟をしたから。あのような企画を突拍子もなく提案したのでしょうね」と、穏やかな口調で北畠宮司が言った。
(名家のプライド・・今回が最後のまつり)
自分たちには想像すら出来ない想いなのだろうと竹田は思った。恐らく林田も・・。
それ以降、三人の会話は途切れ、それぞれが得体の知れない感情に襲われ、言いようの無い淋しさに包まれたまま言葉を失って、
只、その場に身を置いていた。