第57話
文字数 1,228文字
その表情がみるみる険しくなり。今にも大爆発を引き起こして全てを吹き飛ばさんばかりの順子の前に、既に微生物に退化した竹原と製作スタッフたちが立ちすくんでいる。
道明寺交響曲の全体稽古最終日となるこの日。
関係者や出演者、総勢250名ほどの人々が藤井寺市に在る藤井寺市立市民総合会館、通称パープルホールに集結し、初めて通しての全体稽古が行われている。
順子にとっては、まさに関ヶ原とも言える稽古中にその問題は発覚した。
アシスタント・スタッフの発注ミスから業者から届くはずの昼の分の弁当が届かないのだ。
この報告を聞いた順子は体中の毛穴と云う毛穴から得体の知れない怒りのエネルギー物質を放出しているのか、髪の毛が逆立って見えるほどに、その怒りが充満して来ているのが誰の目にも明らかだったりする。
竹原はその様子に微生物以下の、否、それこそ原子レベルまで退化して身を縮めて居る。
「で、どうする?」
「ど・どうしましょうか・・」と竹原が恐る恐る答えると順子は、
「皆さんに、昼抜きでガマンして貰う?ごめんなさぁ~い。って、謝る?」
「そ・そう云うワケにはいきません・・よね」
「い・か・な・い・よ・ね。たけはら」
「は・はい・・・」
「解ってるよね。こう云う現場で、アゴの重要性がどれほど大切かってこと。竹原、あんた、解ってるヨネ」
「わ・解ってます。当然、ヨォ~く解ってます」
「では、どうにかしなさい」
「はぁ、どうにか、ですよね」
原子レベルに化した竹原の思考回路は既に停止中、或いは何処かに飛んで行ってしまっている。そのせいか、次の言葉は出て来る筈もない。すると赤鬼さんに化している順子がトーンを驚くほど抑えた口調で、「あと、30秒ほどで間違いなく私は大爆発します。それまでに」と言うと竹原が恐る恐る聞き返した。「そ・それまでに・・どうしたら」。
すると、鬼の形相の順子はあらんばかりの怒りの形相をスタッフに投げかけて言った。
「その対処を考えて行動するのはあなたたち。さぁカウントダウン、始めます。30秒前、29・・28・・27・・・」
とカウントダウンを始めるや否や、「解りました!必ずどうにかします」と竹原が叫んだのを合図に竹原とスタッフたちは、どういうワケか四方八方、チリジリバラバラに走り出した。
その様子はまるで、捕食動物にロックオンされた草食動物の群れが、その場から命がけで逃げ出す様で、てんで統制が取れていない有様だ。得てして人はパニック状態に陥ると案外滑稽な行動を取りがちだったりする。
それは順子にも当てはまるようで。その場に残された彼女は怒りが沸点に達したのか肩が震えだし声は出さないが、ハードロッカーの様に全身を激しく動かし出して大爆発寸前だった得体の知れないエネルギー物質を放出し始め出した。
その姿を目撃した人はこう思うだろう・・遂に何かに、憑りつかれはった・・と。