第76話
文字数 711文字
(今日も打掛を持って帰って自主練して、少しでも足首に負担がかからん様な動きを身に付けへんと、明日の本番でみんなに迷惑をかけてしまう。それに、少しでも弱音を吐いたり見せたりしたら。オカンが自分が代わりに出ると言いかねへんし。それだけは絶対、阻止せなアカン。
そもそも振りを完全にマスターしてるのは自分やと言うのは解るけど。オカンが千姫を演じたら亭主の秀頼さんの母である淀君を演じる小百合さんよりズゥ~っとオバちゃんやろ。
どうみても母娘逆転しとるやん。深大寺先生も桜田さんも、何やったら全ての人が唖然として困ってはったわ。みんな解ってる。オカンの千姫って、どう考えてもヘン!
どうせ言うなら小百合さんと入れ替わって淀君やろう。なんでよりによって千姫なん?
まさか、こんな近くに千姫役を狙ってた人が居ったとわ。油断してたわ・・)
因みに、淀君役の小百合さんとは。やはり真弓の生徒の一人であり。スタジオ・モッズの一期生で樹里にとってはお姉さん的な存在の御年二十六歳である岩村小百合(いわむら さゆり)さんと云う方だったりする。
そう、樹里が感じる母娘逆転と云う発想は至極真っ当な感想だと云える。
(とにかく、帰って少しでも打掛の重さに馴れとこう・・)
と意を決した表情で支度を済ませ控室を出た廊下の先、丁度階段の手前辺りに、くだんの岩村小百合が立って居た。
どうやら樹里を待って居た様で、樹里を見るなり微笑んで、「どう?足の具合は?」と声をかけて来た。周囲に人が居ないことを確認した樹里は安心したのか、少し苦笑いを浮かべつつ、「正直、打掛手強いかな」と。
それまで誰にも見せて来なかった甘えるような声で返した。