第33話
文字数 865文字
健人の問いかけに何も応えず川に目を向けている樹里。その表情は、今まさに重大な決断を下そうとする、それである。
いつもの様に道明寺交響曲の稽古終わりに立ち寄った石川の河川敷に在る石造りのベンチに座り込んでいる二人の間には、いつもとは違う重苦しい雰囲気が覆っている。
それが何なのか? 何故、樹里がいつもとは違う様子なのか? 健人には皆目見当が付いていない。しかし、健人はその重苦しい雰囲気だけは察知出来ている。
ほんの数十分前に稽古が終わりアイコンタクトでいつものこの場所に・・そう、その瞬間から健人はいつもと違う樹里を感じた。
(なんやろ、なんか怒らしたか? オレ?)
確かに、今日の稽古終わりの辺りから大人たち、特に竹田さんの自分に対する当たりが強くなった気がしてはいた。しかし、振りや殺陣を間違ったと云うことはなかった筈だし健人の中ではいつもの様にソツなくこなしたと思っている。
もし何か言われる事があったとするなら。それは大人たちとの熱量の違いくらいしか考えつか
ない。しかし健人にしてみれば、この配役は元々自ら望んで得たものではないしダンサーとしての自負は多少なりとも持ってはいるが自分は役者ではないのだから、この状況をドライに捉え対応することは仕方ないとも考えている。
それでも、ここまでの稽古では誰よりも振りにせよ殺陣にせよマスターしてちゃんとこなしているという思いもある。寧ろ、褒めて貰っても良いくらいで何か責められることなど在り得ないとさえ思って居る。
そう言った意味では、最近の桜田プロデューサーや竹田さんなど大人たちの自分に対する徐々に厳しくなっている圧に反感すら感じてしまっているのだ。
(一体なんやねん。どいつもこいつもムカつくなぁ。間違えずにちゃんとやってるやんけ)
そんな少し荒んだ感情すら抱いてもいる。
それでも目の前の樹里の異変だけは反発よりも不安に駆られる。
そんな不安と重苦しい雰囲気に耐えられなくなった健人は遂に、「なに、イラついてるん?」、となったのである。