第86話
文字数 825文字
ていた。
このバックステージは、スタッフ、関係者及び各出演団体などの控室用のテントが40以上も張られて居て、その様相はまるでどこぞの宿営地と云った具合だ。何せ総勢500名近くもの人々が準備やら何やらで往来し熱気に包まれている。そんな中に野本樹里が控室テント内の椅子に打掛を脱いで座って居る。
(さゆ姉のテーピングのお陰で足首、今のところ大丈夫みたいだな)
等と思いを巡らせつつ足首を冷静に確かめながら、出番までのこれからの時間・ルーティンを考えていると、「どないなん?足首の具合。イケるか?」と、いつの間にか母・真弓がテント前に立って居た。
「うん、イケそうやわ。痛み止めの薬も効いてるし、さゆ姉のテーピングがホンマ凄いわ」と答える樹里。すると真弓は、「そうか、皆、気を掛けてくれてホンマにありがたいな」と静かな口調で答えた。
「ホンマ、ありがたい・・」と少しハミカミながら樹里は答えた。
「でもな。この後のグリーティングはアカンで。本番に全てを賭けなアカンからね。それまではシッカリと足首を休ませるんも、今日のアンタの重要な準備の一つやで」。
一瞬そう言いながら真弓の表情が綻んだ様に樹里には見えた。が、どうしてもツッコまなければならないことが・・「ウン、解ってる。そうするけど・・オカン、その恰好、なんなん?」。
「んっ?」と惚けた声の調子で答える真弓の姿は何故だか小袖姿だったりする。
ビミョーな空気に包まれる母娘。
「そ・その打掛・・ちょっと借りるで」と、不気味にすら感じるハニカンダ表情で真弓が言うと、被り気味に樹里が言った。
「やっぱりな・・」
何処かでカラスが鳴いた様な・・。