第24話
文字数 1,493文字
北畠宮司との会談の後。林田と竹田は珍しく二人だけで馴染みの串カツ屋に立ち寄った。
そこでの二人の会話はとても事務的な内容で極めて大人の会話に終始した。そして、直接的な言葉での擦り合わせはなかったものの、今日、北畠宮司から明かされた大川さんの事情を二人だけの秘密として共有する事を確認し合ったのだった。この二人には、それだけで充分だったりするし、それ以上具体的で直接的な表現や言葉による意思の疎通は必要ない。
只、酒の量だけは正直で心の中に出来た小さな傷を紛らわすようなピッチで酒が進んだ。
二人がスーツ姿なら、それはまるで会社帰りの中年サラリーマンの哀愁感漂う姿に見えるのだが。何せ、林田はジーンズにフリース姿で、竹田はというと革ジャンにインナーはTシャツ、パンツはデニム系のイージーパンツといういで立ちだから、はた目には哀愁感ではなく。寧ろ密談。若しくは何処ぞの幹部さんの謀議中にしか見えないのが、とても残念だったりする。
(それにしても、今日はなんぼ呑んでも酔えんなぁ・・初めて知った大川さんが抱えていた事情。そして何より自分たちが立ち上げた“まつり”に対するそれぞれの想いに、間もなく訪れる‘別れ’・・アカン、どれもこれも割り切れん・・)
自宅に戻っても酒の量は一向に減らないし、紛らわせる事も出来ずに悶々とした時間を竹田は過ごしていた。
(ビール五杯に珍しく熱燗にも手を出してはったな・・林田さんも相当堪えたんやなぁ・・)
既に五杯目になる焼酎の水割りを作り始めながら竹田は考えていた。
(なんやろ・・この云い様のない気持ちは・・なんで、こんなにも大川さんの事を考えてモヤモヤするんやろか。そもそもそんなに親しい仲ではなかった。否、寧ろ対立関係だった人やし。
それに転勤なんて世間ではよくある話やないか。まして栄転なんやから悦ぶべき事やないか・・それなのに、なんでや・・なんでこんな気持ちになるんや・・さっぱり解らん? どないしたんや、オレ・・)
感情と思考の折り合いが付かないもどかしさに竹田は自分自身に苛立って居た。
「大の大人がそんな呑み方して・・も、たまにはエエよ」
声のする方に振り向くと。そこにはいつの間にか両手に器を持った妻のジュンちゃんが立って居た。
「でもな、これだけは食べてな。空きっ腹にお酒ばかりやと身体に悪いから」
と、手にしていた二つの器をテーブルに置くと、「ホナ、先に寝るわ」と寝室に向かうが、一瞬立ち止まり振り返ると、「どんなにシンドクても、それでも明日はやって来るんやから。そやから、明日も盛大気張ってや。ホナおやすみ」と言うと寝室に向かって行くジュンちゃん。
竹田は呆気に取られながらもテーブルに置かれた二つの器に目を向けた。
一つは、定番の豚足の醬油煮。そしてもう一つは、きゅうりのキューちゃんが添えられている塩おむすびが2個・・。
その二つの料理の器をぼんやりと見詰めつつ竹田は思った。
(やっぱり・・女は強いなぁ・・)
暫くすると竹田は目と鼻から水滴が滴り落ちる感覚を感じた。
(オレは大川さんの為に泣かへんぞ。そんな安っぽい同情なんかせぇへん。でも、同じ町に生まれ育ち、同じくらいこの町を愛している仲間が一人・・この町を去って行く。
それだけで寂しい・・只々、切ない。
そう・・切なくて切なくて仕方ないだけや・・)
鼻を啜ると勢いよく塩おむすびを手にしてむさぼる様に食べだす竹田。
気持ちに折り合いをつけようとしているのか。それとも・・何にせよリセットとチャージの仕方は人それぞれである。