第9話
文字数 1,640文字
近くには原チャリと自転車が仲良く並んで置いてある。
若い男、山西健人(やまにし けんと=21歳)は勢いに任せて女の肩に置いていた手を胸に回そうとするが、すぐにその手を払いのけて、「アカンやろ」と健人を睨みつける野本樹里(のもと じゅり=17歳)。
「何でな?誰も居らんしエエやろ」
と再び樹里を抱き寄せようとするが、樹里に両手で突き返されてしまう。
「あ~ぁ、しらけるなぁ」
「誰が見てるか分らんし。寒いし。それにこれ以上いったらオカンにバレてまうで。健人、あんたエラいことになるんと違う?」
「ウッ!先生か・・出すなよ今、その名前は・・」
「ほ~ら、顔色変わった。この根性なし」
「あ~ぁ、もうエエわ。しらけてもたわ」
と言うや否や、ふて腐れたのか樹里に背を向けて寝そべってしまう健人。
その様子を冷静な表情で見つめている樹里は、「いつもそうやってすぐにふて腐れるんやね」と呆れたように健人に言った。
何も言い返せないのか健人は無言のまま真上に視線を向けたままで居る。
そして樹里もそれ以上は何も言わずに川の方に視線を向けてしまい。二人は暫く沈黙に包まれた。
そんな二人の辺りは川の流れる音と、少し離れた所に架けられている橋を行き交う車の走行音だけが聞こえている。そんな静寂の中で徐に上半身を起こし座り直した健人が、
「千姫・・出来るんか?」と独り言のように呟いた。
川の方向を見たままの樹里は、「健人こそ・・ちゃんと出来るん・・後藤又兵衛」
「出来るもなんも。決まってもうたんやからやるしかないやろ。セリフは無いらしいから・・まあ、何とかなるやろ・・」
「そんなええ加減な言い方して・・」
「ええ加減ちゃうわ。言われたことは一生懸命頑張るわ。樹里はどやねん?やる気あるんか?」
「私はやる気満々やし。折角の役なんやから(健人を見て)言われたこと以上に頑張る」
「フンそうか・・でも、千姫ってどんな人やねん。知ってるんか?」
「竹田さんや、あの女性プロデューサーさんから説明して貰ったけど・・家帰ったらもっと詳しく調べてみようと思ってる」
「さすがは現役の女子高生やな。勉強熱心なこっちゃ・・」
「女子高生は関係ないやろ。それより健人はどうなん?後藤又兵衛って人、知ってるん?」
「今日説明聞いたけど・・あんまりよう解らんかったわ。確か、近くに墓在った様なこと言ってたけど・・・」
「そうなんや・・だったら健人も調べて。その後藤又兵衛って人のこと解るようにせなアカンのとちゃう?」
「面倒くさいなぁ。よく知らんけど振付と立ち回りや殺陣だけちゃんと憶えたらイケるんとちゃうか」
「そんなヤッツケみたいな事でエエの」
「ヤッツケとちゃうわ。ちゃんと憶える言うてるやろ」
と言うと上半身を起こし座り直して川の方角に目を向けだす健人。
再び二人の間に沈黙が・・。そして徐に樹里が、「・・気乗りせぇへんのやったら。明日、オカンにそう言って断ったら・・」。
少しの間無言だった健人が独り言のように、
「それはそれで面倒くさいやろ。俺たちがキャスティングされたこと、先生喜んでたし」
「ホンマはダンスチームに入りたかったんやろ」
「そやな・・でも、メイン・キャストなんやろ。そりゃ踊りたいし気乗りせぇへんけど、そやからお断りします・・とは言えんやろ。きっと先生、がっかりしはるわ」
「そやね・・嬉しそうやったもんなぁ、オカン・・」
「まあ、何かよう解らんけど。大きな事なんやろ。役が付くっちゅうことわ」
「そやね。私たちが貰った役を狙ってた人も居ったやろし。そう考えたら・・・」
「・・そやな・・それにしても、竹田さんやあの大人たちの意気込みと言うか。ちょっとウザい感じやったなぁ。それにこれからのレッスンスケジュールのタイトなこと」
「ホンマ、大変やろなぁ・・」
「あ~ぁ、やっぱ、面倒くさいなぁ」
と再び寝転がる健人。そんな彼を見つめる樹里との間に再びの沈黙の時が・・・。