第72話
文字数 973文字
それは、この危機に際してサイレント芝居の出演者たちが最初こそは戸惑い不安げな表情だったのだが。桜田まさみ(順子)や深大寺創建の情熱、そして樹里の迷惑をかけまいとする鬼気迫る姿勢に触発されたのか。今まで以上に一体感が強まり、全員がこの危機を乗り越えようと言う姿勢で事に臨んだことだった。
誰も不安も不満も言わなかったし、それどころか昨日も終電が無くなっても稽古を続け誰もが完璧に変更されたフォーメーションを身に着けた。素人である一人一人が、その瞬間、プロ顔負けの対応をして見せたのだ。
そんな熱気に包まれた稽古場となった道明寺会館で、林田は微笑むようにその様子を見守りつつ自身の店から暖かい飲み物や夜食を取りに行っては差し入れるなど甲斐甲斐しく動き回っていた。そして芳本や嘉山、大川などのまち協のメンバーも誰一人その場から離れずサポートに徹していたのである。
当然、竹田もサポートの為に考えつく限りのフォローに精を出していた。
五月とは言え、夜ともなるとまだまだ寒さが厳しい時節なのだが、それでも会館内は熱気に溢れ返っていた。
(これや!これやがな・・まつりの醍醐味は。トラブルはなければない方がエエに決まっとるが。それでも、そんな事が起きた時にこそ結束して事に当たる。まさに、これこそが俺が思い描いて望んでいたものなのかもしれん)
と竹田は秘かにこの状況を楽しく感じつつ同時に胸に熱いものも感じて居た。
(それにしても・・)
と竹田はある光景を思い出し始めた。
それは、必死の形相で稽古を付ける深大寺創建の姿だった。
これまでその稽古・指導が余りに優雅過ぎてヒヤヒヤさせられたのだが。この夜の深大寺創建の姿はまるで別人そのものだったのだ。
これぞプロフェッショナル・・という姿だった。
確かに、自身が主宰する和太鼓集団・風馬への時折見せる厳しい視線。そして指示の時の声のトーンは、明らかに道明寺交響曲のメンバーのそれとは違っていたことは薄々感じてはいたが・・・。
(やっぱり、モノを創り上げる人なんやな。ここ一番の凄みを見せられたわ。にしても、あのオネェ口調はこんな状況でも変わらんのやな。と云う事は。あのオネェ口調は営業用ではなく。本物っちゅうことか・・それはそれで、凄いなぁ・・)
とも感じ入っていた。