第6話
文字数 1,159文字
‘初天神うそかえ祭’。
その昔、権力闘争に敗れ京の都より九州の大宰府に左遷された菅原道真が、任地に到着した際行った神事の最中に多数の蜂が飛来し菅原道真を始めとする人々を悩ませた。
すると、そこに一群の‘うそ鳥’が何処からともなく飛来し、菅原道真と人々を悩ませていた無数の蜂の大群を食べ尽くしてしまい彼らの難儀を救ったと云う。この故事から道明寺天満宮では毎年、初天神となる1月25日に身替災難除けの神事の一つとして‘初天神うそかえ祭’を執り行ない、神職たちが一年がかりで奉製した手彫りの‘うそ鳥’を授与している。しかしその授与の方法が一風変わっていて、先ず本殿前に集まった人々に手彫りのうそ鳥が収められている紙袋が配られる。そして太鼓の合図で、「替えましょう。替えましょう」と口々に発しながらランダムにその袋を交換し続け、再びの太鼓の合図で終了し最後に手にしている袋の中に在るうそ鳥が自身のものとなると云う仕組みなのだが、その手彫りのうそ鳥の底に文字が書かれている物があり。 それが「木」であれば、三寸の木製のうそ鳥、「銀」と書かれていれば純銀製のうそ鳥、「金」と書かれていれば、18金製のうそ鳥と交換して貰えると言うなかなか洒落た趣向となっているのだ。
とは言っても大半は何も書かれていなく、手にしている神職の方々が一年がかりで奉製したうそ鳥を持ち帰ることになる。因みに、そのうそ鳥も身替り災難除けの御利益がある御守りとなるので参加された人々は有難く持ち帰るのだ。
そんな一風変わった神事の中に奇妙な面持ちに包まれた順子が居た。
(どの人の表情も楽しそうだ・・)
事前に調べた限りでは、要は、形は違えどもおみくじを引く様なものだろうと順子は考えていたのだが。
(それなのに・・こんなにも楽しそうに参加している人・人・人・・・)
そもそも神事は古来より庶民にとっては厳粛である反面。楽しいお祭りともなる。
これは何処の国・地域でも同じなのだが、此処では格別に違う趣を醸し出している風に順子は感じていた。
(この人たちの、この昂揚感は一体どこからくるのだろう・・・?)
順子の中で徐々に違和感の様なものが膨らみ始めていた。
そんな事を思い巡らせていると突然、太鼓が鳴り響き人々の歓声が沸き起こった。終了の合図だ・・。途中で固まっていた順子だったが太鼓の音で我に返るとすぐさま竹原の声が耳に入ってきた。
「アチャァ~僕のは何も書かれてないみたいです。順子さんは?」
少し放心気味の順子だが、徐に手にしている袋からうそ鳥を取り出して底を見てみる。
そして、無言で竹原に手にしているうそ鳥の底を見せると二人とも唖然とした表情で顔を見合わせるのだった。