第4話

文字数 2,073文字

それからまた一年半ほど過ぎた秋真っ盛りの頃。道明寺天満宮の境内に、林田、竹田、そして竹田の三年後輩で、やはり道明寺で喫茶店を営みつつ道明寺まちづくり協議会の副会長を務めている芳本道史(よしもと みちふみ=46歳)らが居た。
「その人たち、ホンマに信用出来るんですかね?」、「起業して未だ二年ほどやけど。バリバリのイベンターらしいし」、「らしいって。会(お)うた(うた)こと無いんでしょ竹さんはまだ。そんなんで大丈夫なんですか」、「イケるイケる。東京でバリバリ活躍しとるイベンターやで。ウチのまつりにハクが付くっちゅうモンやがな」、「またぁ・・そんな簡単にモノ言うて。
今年の第一回のまつりも、そんなノリで突き進んでもうたから、結局えらい目に遭いましたやんか。ホンマに懲りてないんやから」、「そやからプロに任せようとなったんやないかい。お前も賛同したやろ」、「まあ・・そうですけど」。
「今年の八月に大阪城でのイベントを取り仕切った会社やで。そりゃ~見事なイベントやったんやから腕は確かやし。何より、そのプロデューサーの右腕の竹原っちゅう人が、また人のエエ兄ちゃんで。俺の話や質問に懇切丁寧に答えてくれたんや。第一回のまつりでは、素人集団の俺たちにアドバイスしてくれる人がおらんかったことが、まつり全体をドタバタにしてしもた要因なんやから。そういうアドバイスしてくれる人が必要やと、俺たちの想いに沿ってくれるプロが俺達には必要なんやと」
「そりゃそうなんですけど・・」
「だったら何が不満やねん」
「不満とは言うてませんやん。ただ・・」
「ただ・・何やねん」
 「何も東京のイベント会社やのうても。もっと身近にあるんとちゃうかと・・東京の人に僕たちの想いが上手く伝わるんかと心配なんですわ」
 「ホンマにお前は昔から心配症やのぉ。当然、関西に在るイベント会社も幾つか当たってみたけどな。どこもピンと来るところがなかったし、何より予算は幾らからやった。人の財布の中ばかり気にしよる。そこへいくと竹原ちゃんは、どんな事をしたいのかとか。
そして俺たちのまつりへの想いへの深さに共感してくれたんや。それだけで決まりやろ」
 「まあ、そう言われれば・・」
そんな芳本と竹田のやり取りを無言で聞いていた林田だったが、ふと、感慨深げに東側に在る雷門に目を向けた。
 この道明寺天満宮は近鉄電車の道明寺駅から歩いて約5分の所に在る神社で。今では菅原道真公ゆかりの神社として知られているが、元はこの地で初めて埴輪を造ったとされる土師(はじ)氏一族の氏神として創建された土師神社が始まりだと云う。なので、今でも境内には本宮・土師神社と言う社が在る。以前には同じ敷地内に道明寺も在ったのだが明治5年に発布された神仏分離令によって道明寺は道明寺天満宮から約50m南に移設されて居る。
 その昔、この道明寺には菅原道真公の伯母にあたる覚寿尼(かくじゅに)と云う尼僧が住んで居られた。 
その為、道真公も幾度となくこの道明寺を尋ねられていたそうで、特に有名な逸話として菅原道真公が九州の大宰府に左遷されることになった際に、この道明寺を訪れ伯母である覚寿尼との別れを惜しんだと云われている。 
そんな縁もあってか道明寺天満宮には菅原道真公ゆかりの品々が幾つか残されていて、それらの一部は国宝に指定されてもいる。
そして現在では、菅原道真公、覚寿尼、そして天穂日命(あめのほひのみこと)を祭神として祀る由緒ある神社となっているのだ。
 (この町の誇りやな)
 と、常々林田は思っていた。
 また、本殿の裏側は90種・900本もの梅の木々の庭園となっていて、見ごろともなる二月には、その美しく見事な景色は大阪府指定の「大阪みどりの百選」にも選ばれて梅の名所として多くの人々を楽しませている。
 林田はこの道明寺天満宮と隣接する道明寺を地元に住む者の一人として誇りに思い。道明寺天満宮では氏子の一人として奉仕にも努めている、
 (どこにもひけを取らないええ町や)と、常々想っている。この町に生まれ育ち生きている。
それだけで充分満足だと。
 後は、どうこの町に恩返し出来るか。何を残せるか。いつもそんなことを考え巡らせていたりする。そんなことを考えていた林田の耳に、「あっ!あの人たちじゃないですか」と芳本の声が・・。
 芳本を見るとその方角を指さしている。
 すかさず竹田が、「指指すな。お前の悪い癖やぞ。それ」と、窘められた芳本はバツが悪そうに指を下ろしたが、「でもまさか、あの人たちが・・ですかぁ・・」と訝る表情を浮かべだした。
その問いに無言で頷く竹田。
そして林田も面食らった様に、‘その人たち’を見つめた。
 そんな三人に向かって、まるで武士が勝負時に甲冑を身に纏う様に見るからにブランド品と判るグレーのパンツスーツを颯爽と着こなし。やや大股で歩いて来る桜田順子と、ずんぐりむっくりの体躯を必死にこき使って後を追いかけて来る竹原仁の姿があった。
 今まさに、ここ道明寺天満宮にて二つの異なるカルチャーがドッキングしようとしている。
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登場人物紹介




 桜田順子(さくらだ じゅんこ:33歳)



イベント・プランナー



中堅の広告代理店・事業部のプロデューサーとして様々なイベント事業を手掛けて来たが。あるイベントで部下の不始末から責任をとり形で退社し、イベント製作会社を自身で立ち上げた。



まるで、鎧を身に纏うかの様なブランド品を日ごろから着用して周囲を威嚇している。



父親が大ファンだったことから70年代のアイドルと同性・同名となる名前を付けられたことが、人生における最大の屈辱・汚点と考えてストレスとなっている。



しかし、起業に際してペンネームをつける様に改名し、「桜田まさこ」と名乗っている。



 




竹田忠治(たけだ ちゅうじ:49歳)



大阪府藤井寺市道明寺の道明寺商店街で、蒲鉾屋を営むロック好きなチョイ悪オヤジ。林田の高校の後輩で行動派タイプ。しかし、実は調整能力にたけた実務型の側面も持ち合わせている。その為、道明寺まちづくり協議会の事務局長を務めて会長の林田を支えている。



大学卒業後と同時に家を出て市内の企業に就職して暮らしていたが。30代半ばで会社を退職し家業の蒲鉾屋を継ぐために道明寺に戻って来ている。



その為か、客観的に生まれ育った道明寺を見ることが出来る唯一の人物。



桜田を起用した張本人なのだが、後に何かといがみ合うこととなる。



 




林田武史(はやしだ たけふみ:51歳)



道明寺でコンビニ店を経営し、道明寺まちづくり協議会の会長を務めている。



穏やかな性格なのだが実は頑固者。しかもいつも意見を主張せずに周囲の意見を聞くタイプなので、逆に周囲からは何を考えているのか理解されずにいる。



しかし、突然道明寺まちづくり協議会を結成し地元に根付く祭りを創ろうと発案し竹田たちを驚かせる一面も・・・。



竹田と同じくジャンルは違えども音楽を愛し。特にジャズには造詣が深くこだわりが強い。



 



 




竹原仁(たけはら ひとし:42歳)



45歳で独身。そのわがままボディの通り食欲旺盛で特に甘いモノには目がない。



優しい性格だが、その分気も小さく特に桜田には絶対服従する。しかし、その優しさからか周囲への気配りや細かな作業。特に予算管理などには桜田も全幅の信頼をよせている。まさに縁の下の何たらというタイプ。桜田を「順子さん」と呼ぶ癖が治らず桜田にいつも叱られている。秘かに桜田に好意を抱いている。



 



 




芳本道夫(よしもと みちお:47歳)



近鉄道明寺駅前でヘアサロンを営んでいる。林田、竹田の高校の後輩で彼らと



道明寺まちづくり協議会を立ち上げたメンバーの一人で副会長を務めている。この地で起きた道明寺の戦いへ思い入れが強く。特に甲冑への拘りは尋常ではない。後輩ではあるが、林田や竹田にはハッキリとものを言い主張するタイプ。



その為か竹田とはいつも激論を戦わすことになるが、いつも言い負かされている。趣味は甲冑造りや甲冑フィギュアの収集だったりする。



 



 







大川信之(おおかわ のぶゆき:57歳)



道明寺まちづくり協議会の副会長。



街の名家の一つである大川家の当主として道明寺の檀家であり道明寺天満宮の奉賛会世話役なども務めている。



しかし、現在は某企業の中間管理職として勤務しているサラリーマンだったりする。竹田とは違う観点から道明寺合戦まつりに対しての想いがあり。特に芳本とは対立しがちだったりする。林田・竹田・芳本の主流派に対する反主流派といった立場だったりする。その為か、今回のまつりにおける桜田や主流派の最大の反対勢力となっていく。



 







嘉山たかし(かやま たかし:50歳)



道明寺まちづくり協議会の会計を担当している。



あまり自己主張をしない実務型のタイプ。大学卒業後某企業の経理部長として働いているが、竹田とは違い一度も道明寺以外で暮らしたことがない。



同タイプの竹原とは馬が合うらしく。竹原の情報源ともなっている。



 



 




山西健人(やまにし けんと:21歳)



今回の道明寺合戦まつりのメインプログラムである道明寺シンフォニーのメインキャストである後藤又兵衛を演じることとなったダンサー。



地元のダンス教室ダンス・スタジオモッズに小学生の頃から通っている根っからのストリートダンサー。今回、スタジオモッズが道明寺シンフォニーに参加することからキャスティングされたはいいが本人はまったく興味がない。



指示されたことは努力してするが、それ以外や心構えに欠ける姿勢から竹田や桜田を悩ます存在となる。



実は、スタジオモッズの主宰・野本真弓の娘・樹里と密かに付き合っている。



 



 

ジュンちゃん(38歳)


竹田の愛妻。

一見するとのんびりしたタイプなのだが、その実、亭主の操縦法は天下一品の腕前を持った賢い女性。

道明寺の男たちへのトリセツを秘かに順子に伝授しているなど、見えない所でのサポートが大いに順子を助けることに・・・。




野本樹里(のもと じゅり:17歳)



スタジオモッズの主宰・野本真弓の娘で現役女子高生。今回の道明寺シンフォニーでは千姫役で出演する。



母親譲りの責任感の強さから恋人である健人とは違い必死に千姫役に取り組んでいる。その為か、健人のまつりに対する姿勢に苛立っている。



やはり、幼いころから母親の影響でダンスに取り組んでいて教室の生徒たちの指導係として活躍している。何気に桜田に憧れていたりする。



 



 




野本真弓(のもと まゆみ:40歳)



野本樹里の母親でスタジオモッズの主宰者。根っからのダンサーでジャンルは違えど深大寺創建を尊敬している。今回のまつりでは深大寺の片腕として道明寺シンフォニーを創り上げていく一人となる。



 




深大寺創建(じんだいじ そうけん:66歳)



和太鼓集団「風馬」の主宰者にて振付兼演出家。日本舞踊の世界で長く活躍していたが5年前に突然、和太鼓集団「風馬」を主宰しエンターテインメント業界に進出。主にイベントや海外でのパフォーマンス活動を通じて注目を集めている。



その風貌とは裏腹に口調がオネエ言葉で、周囲を煙に巻いている人物。



また男色家の噂もある。



その独特な手法で林田。竹田、桜田らをヤキモキさせるが・・・。



 




村井定嗣(むらい さだつぐ:52歳



関西芸術大学の准教授で、道明寺まちづくり協議会のブレーンとして何かと口を挿んでくる。自身の考える祭りの姿あるらしく。一回目から実現不可能な提案をしては周囲を呆れさせている。



芳本の紹介でブレーンとなったが、竹田は気に入らない様子である。



今回の祭りでは大川のバクダン企画の陰の立案者だったりする。



 

岩村小百合(いわむら さゆり:26歳)


野本真弓が主宰するスタジオモッズの一期生で、道明寺シンフォニーでは淀君の役を演じている。樹里とは幼い頃から姉妹同然のような関係で、樹里が唯一素直になれる人物で、何かと樹里らをフォローしている存在だったりする。

野本武(のもと たけし=42歳)


野本樹里の父親であり真弓の夫。

その優しい性格からパワフル過ぎる妻の真弓に何かと振り回されているが、彼女と樹里の最大の理解者である。


北畠顕房(きたばたけ あきふさ:47歳



道明寺天満宮の現・宮司。



代々天満宮の宮司職を司る北畠家の当主にて地域の名士のお一人。



とても穏やかな性格だが、実は筋金入りのライトウィンガー(保守派)で、且つ革新的な考えの持ち主だったりする。



この道明寺の未来を憂いて道明寺まちづくり協議会に参加している。

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