第32話
文字数 1,058文字
「そ・そうかいな。話に夢中になってたから気づかへんかったわ。急いで戻るさかい皆にそう言っといて」と、取り繕うかのように声のトーンを少し上げ気味で応える真弓に対し樹里は訝しげな表情で、「わかりました。そう伝えるから早く戻って来てや・・じゃなく、ください」と言うと順子に顔を向けて、「話の途中でお邪魔してすみませんでした」と笑顔で言った。順子も笑顔で、「気にしないで」と応える。
(いや、会話の迷路から脱出出来たのだから寧ろ助かったヨ)と思いつつ、
「どう千姫役、大丈夫そう? 随分と馴染んで来た様に見えるけど?」と言葉をかけた。
樹里や健人らが参加する冒頭のサイレント芝居は殺陣の部分以外は直接順子が動きなどを付けている。その為か、樹里の飲み込みの早さや勘の良さは解っていたし、見えない所での努力も順子には見えていた。
「正直まだまだですけど。もっともっと完成度を上げるためにも頑張ります」
と応える樹里に対して順子は、
(ホントに樹里ちゃんはシッカリしてるなぁ・・さすがは姐さんの娘だわ。しかし今時なかなか居てないなぁ。これほどシッカリしてる女子高生って・・)と感心していると、「当たり前だのクラッカーや!」と、真弓が言う。すると一瞬、真弓を睨みつける樹里だが直ぐに順子に顔を向けると笑顔で、「桜田さんのご期待に応えたいと思ってますので。これからもご指導お願いします」と言うとペコリと頭を下げて再び真弓に、「皆待ってるから」と言って走り去って行った。
その姿を見ていた順子はナニワのJKの片鱗を見た気がして妙な安堵を感じた。
(本当に素直で賢い女の子だ・・しかし、姐さんの娘・・ということは。いずれ、ナニワのオバちゃんに変貌するんだろうか・・観たいような観たくないような・・)と考えていると。比較対象者である真弓が、「あの子、あんたに憧れてる一人なんやで」と穏やかな口調で言った。
「エッ」
「あんたを信じて必死について行こうと頑張ってるんヨ。きっと、あんたに認めて貰い褒めて貰いたい一心なんやろなぁ・・」
無言で真弓を見詰める順子。
「だから、さっきみたいな表情をあの子たちに見せたらアカン。何処までもあんたは東京から来た辣腕女性プロデューサーとして凛としててくれへんとアカンのヨ」
(姐さん・・)
「ウチの深大寺先生の様にな・・」
(やっぱりそこですか・・)
そんな二人の足もとは、いつの間にか夕方の陽によって長~い影が出来ている。