第67話
文字数 678文字
そんな大人たちの想いを悟ってかどうか、鼻水を啜り、左手の甲で残った鼻水を拭った樹里が、「ご心配かけました。でも、大丈夫です。四日後の本番には出させて下さい」と沈黙を破った。
外から戻って来た竹田を始めその場に居る大人たちは息をのみ言葉を失ったかのように黙り込んでしまい樹里を凝視した。それでも樹里の父親で真弓の夫である野本武(のもと たけし=42歳)が、「そ・そうは言うても」と言うや否や、その言葉を遮る様に、「それはアカン」と真弓が言い放った。すると樹里が、
「何でなん?大丈夫やと本人が言うてるんやから。それに、ビックリして混乱したけど、思ったより痛みは感じひんし。ウン、大丈夫やから」。
しかし樹里の言葉をやはり遮る様に真弓は、
「あんたがそう思うても。そうすることはアカンわ。それにな。今はそれほど痛く感じんでも明日に成ったら間違いなく痛みが増すし。それに右足首、骨折こそ免れたけど、かなり捻ってんで。多分、明日には今の倍ほど腫れあがって痛みも倍増してるわ。そんな状態が一週間ほどは続くんちゃうかな。そうなると追い込みの稽古どころか歩くこともままならんハズや。そんなコンディションのアンタに、メインキャストで在る千姫が務まるとは思えへん。返って周囲に迷惑をかける事になる。それやったら」
すると今度は樹里が真弓の言葉を遮って、「他に、任せられる娘が居るん(おるん)?」
と言った。