第13話

文字数 1,549文字

 一週間後に行われた会議でも事態の打開には至らなかった。それどころか益々悪い方向になった気がすると順子は考えながら、竹原、竹田、そして林田らと居酒屋に集まっていた。
 最初にビールで乾杯し、その後は各々が好みの飲み物と食べ物を注文している。
 そんな中、三杯目の麦焼酎の水割りを片手に竹田が呟いた。「あの二人が手を組んだんわ、間違いないな」。すると、四敗目のビールを待ちつつ鶏の唐揚げを頬張っていた林田が、「そうやろな。今日の村井さんの得意満面な表情から察するに。あの企画は村井さんから大川さんに提案されたモンやろな」と。
 竹田は忌々しげに焼酎を飲み干すと、「絶対ですわ。それにしても腹ただしいんわ。自分が提案すると俺や桜田さんから弾かれるんが解ってるから大川さんに企画を提案させて、自分が関与した形跡を隠すというやり方。姑息なやり方や」。「まあ、学者さんらしいと言えば。やけどな」と林田が静かに呟いた。
 今日行われた会議では、それこそライオンの檻に餌を運び込む飼育員さんの様に、慎重に、そして大川さんのメンツを潰さぬ様に、竹田も林田も、そして順子もありとあらゆる丁寧な言葉と抽象的な表現を駆使して大川に翻意を促した。
 のだが、大川はそんな皆の気遣いなど全く意に介さずに持論を展開し提案した企画の実行を迫ったのだった。
 しかも、その持論の一つにまつりでの甲冑武者の数が多過ぎて戦国時代のみが目立ちすぎていること、この道明寺には菅原道真所縁の道明寺天満宮や道明寺。その菅原道真の先祖で埴輪の製造を司り。道明寺天満宮や道明寺の発祥の元となった土師神社を建立した古代豪族集団の土師一族。そして数多の古墳群などなど。多種多様な歴史が存在するのにそれらが蔑ろにされていると不満を述べだしたから益々話がややこしくなってしまった。  
(そんなことは解っている・・)
 林田も竹田も、そして今年から関わっている順子ですら重々承知していることだ。
 それでもそんな矛盾と向き合いつつ、今年までは戦国時代をメインにしなければならない大人の事情があったりする。
 というのも。今年は大坂夏の陣で豊臣氏が滅亡してから丁度四〇〇年の節目となる年であることから。市のまつりへの補助金だけでなく国からも補助金が出ている。
 そう、大人の事情はここにある。
 いつまでも戦国時代をメインにしたまつりではいけないことぐらい林田も竹田も十分に理解している。
 でも、今年までは、否、今年は‘大坂城落城四〇〇年祭’に乗っかからなければ話題性も予算もニッチモサッチモいかないのだ。
 (あんたもそれくらい解っとるやろ・・)
 と竹田は大川に対して怒りに近い感情を抱きだしている。
 しかも、事態を益々ややこしくした原因に。
 その大川の持論に対して。甲冑武者の増員に執念すら感じるくらい熱心に取り組んできた芳本が感情的に反論したことだった。
 「そもそもこのまつりは‘道明寺合戦まつり’なので、メインテーマが戦国時代、特に大坂夏の陣で、この道明寺で行われた‘道明寺の戦い’がクローズアップされるんわ本筋とちゃうんですか?」と芳本が言い放った。
 これまた至極もっともな反論だと順子は思ったが、(でもね、何もそれほどストレートに大川さんに面と向かって言わなくても・・私や林田さんや竹田さんが、あり得ないくらいの丁寧で抽象的な表現というか言葉の変化球攻めでの説得が全て水の泡でしょう)と順子は思った。 
 案の定、大川も感情的になり芳本との間で激論が繰り広げられることとなり。そんな二人のやり取りを傍観しつつ順子は徐々に(ダメだこりゃ)と現実逃避を始めていた。
 そして、林田や竹田はというと。この二人のやり取りを、(あ~ぁ、始まっちゃった)と云った風な表情で眺めている。
 
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登場人物紹介




 桜田順子(さくらだ じゅんこ:33歳)



イベント・プランナー



中堅の広告代理店・事業部のプロデューサーとして様々なイベント事業を手掛けて来たが。あるイベントで部下の不始末から責任をとり形で退社し、イベント製作会社を自身で立ち上げた。



まるで、鎧を身に纏うかの様なブランド品を日ごろから着用して周囲を威嚇している。



父親が大ファンだったことから70年代のアイドルと同性・同名となる名前を付けられたことが、人生における最大の屈辱・汚点と考えてストレスとなっている。



しかし、起業に際してペンネームをつける様に改名し、「桜田まさこ」と名乗っている。



 




竹田忠治(たけだ ちゅうじ:49歳)



大阪府藤井寺市道明寺の道明寺商店街で、蒲鉾屋を営むロック好きなチョイ悪オヤジ。林田の高校の後輩で行動派タイプ。しかし、実は調整能力にたけた実務型の側面も持ち合わせている。その為、道明寺まちづくり協議会の事務局長を務めて会長の林田を支えている。



大学卒業後と同時に家を出て市内の企業に就職して暮らしていたが。30代半ばで会社を退職し家業の蒲鉾屋を継ぐために道明寺に戻って来ている。



その為か、客観的に生まれ育った道明寺を見ることが出来る唯一の人物。



桜田を起用した張本人なのだが、後に何かといがみ合うこととなる。



 




林田武史(はやしだ たけふみ:51歳)



道明寺でコンビニ店を経営し、道明寺まちづくり協議会の会長を務めている。



穏やかな性格なのだが実は頑固者。しかもいつも意見を主張せずに周囲の意見を聞くタイプなので、逆に周囲からは何を考えているのか理解されずにいる。



しかし、突然道明寺まちづくり協議会を結成し地元に根付く祭りを創ろうと発案し竹田たちを驚かせる一面も・・・。



竹田と同じくジャンルは違えども音楽を愛し。特にジャズには造詣が深くこだわりが強い。



 



 




竹原仁(たけはら ひとし:42歳)



45歳で独身。そのわがままボディの通り食欲旺盛で特に甘いモノには目がない。



優しい性格だが、その分気も小さく特に桜田には絶対服従する。しかし、その優しさからか周囲への気配りや細かな作業。特に予算管理などには桜田も全幅の信頼をよせている。まさに縁の下の何たらというタイプ。桜田を「順子さん」と呼ぶ癖が治らず桜田にいつも叱られている。秘かに桜田に好意を抱いている。



 



 




芳本道夫(よしもと みちお:47歳)



近鉄道明寺駅前でヘアサロンを営んでいる。林田、竹田の高校の後輩で彼らと



道明寺まちづくり協議会を立ち上げたメンバーの一人で副会長を務めている。この地で起きた道明寺の戦いへ思い入れが強く。特に甲冑への拘りは尋常ではない。後輩ではあるが、林田や竹田にはハッキリとものを言い主張するタイプ。



その為か竹田とはいつも激論を戦わすことになるが、いつも言い負かされている。趣味は甲冑造りや甲冑フィギュアの収集だったりする。



 



 







大川信之(おおかわ のぶゆき:57歳)



道明寺まちづくり協議会の副会長。



街の名家の一つである大川家の当主として道明寺の檀家であり道明寺天満宮の奉賛会世話役なども務めている。



しかし、現在は某企業の中間管理職として勤務しているサラリーマンだったりする。竹田とは違う観点から道明寺合戦まつりに対しての想いがあり。特に芳本とは対立しがちだったりする。林田・竹田・芳本の主流派に対する反主流派といった立場だったりする。その為か、今回のまつりにおける桜田や主流派の最大の反対勢力となっていく。



 







嘉山たかし(かやま たかし:50歳)



道明寺まちづくり協議会の会計を担当している。



あまり自己主張をしない実務型のタイプ。大学卒業後某企業の経理部長として働いているが、竹田とは違い一度も道明寺以外で暮らしたことがない。



同タイプの竹原とは馬が合うらしく。竹原の情報源ともなっている。



 



 




山西健人(やまにし けんと:21歳)



今回の道明寺合戦まつりのメインプログラムである道明寺シンフォニーのメインキャストである後藤又兵衛を演じることとなったダンサー。



地元のダンス教室ダンス・スタジオモッズに小学生の頃から通っている根っからのストリートダンサー。今回、スタジオモッズが道明寺シンフォニーに参加することからキャスティングされたはいいが本人はまったく興味がない。



指示されたことは努力してするが、それ以外や心構えに欠ける姿勢から竹田や桜田を悩ます存在となる。



実は、スタジオモッズの主宰・野本真弓の娘・樹里と密かに付き合っている。



 



 

ジュンちゃん(38歳)


竹田の愛妻。

一見するとのんびりしたタイプなのだが、その実、亭主の操縦法は天下一品の腕前を持った賢い女性。

道明寺の男たちへのトリセツを秘かに順子に伝授しているなど、見えない所でのサポートが大いに順子を助けることに・・・。




野本樹里(のもと じゅり:17歳)



スタジオモッズの主宰・野本真弓の娘で現役女子高生。今回の道明寺シンフォニーでは千姫役で出演する。



母親譲りの責任感の強さから恋人である健人とは違い必死に千姫役に取り組んでいる。その為か、健人のまつりに対する姿勢に苛立っている。



やはり、幼いころから母親の影響でダンスに取り組んでいて教室の生徒たちの指導係として活躍している。何気に桜田に憧れていたりする。



 



 




野本真弓(のもと まゆみ:40歳)



野本樹里の母親でスタジオモッズの主宰者。根っからのダンサーでジャンルは違えど深大寺創建を尊敬している。今回のまつりでは深大寺の片腕として道明寺シンフォニーを創り上げていく一人となる。



 




深大寺創建(じんだいじ そうけん:66歳)



和太鼓集団「風馬」の主宰者にて振付兼演出家。日本舞踊の世界で長く活躍していたが5年前に突然、和太鼓集団「風馬」を主宰しエンターテインメント業界に進出。主にイベントや海外でのパフォーマンス活動を通じて注目を集めている。



その風貌とは裏腹に口調がオネエ言葉で、周囲を煙に巻いている人物。



また男色家の噂もある。



その独特な手法で林田。竹田、桜田らをヤキモキさせるが・・・。



 




村井定嗣(むらい さだつぐ:52歳



関西芸術大学の准教授で、道明寺まちづくり協議会のブレーンとして何かと口を挿んでくる。自身の考える祭りの姿あるらしく。一回目から実現不可能な提案をしては周囲を呆れさせている。



芳本の紹介でブレーンとなったが、竹田は気に入らない様子である。



今回の祭りでは大川のバクダン企画の陰の立案者だったりする。



 

岩村小百合(いわむら さゆり:26歳)


野本真弓が主宰するスタジオモッズの一期生で、道明寺シンフォニーでは淀君の役を演じている。樹里とは幼い頃から姉妹同然のような関係で、樹里が唯一素直になれる人物で、何かと樹里らをフォローしている存在だったりする。

野本武(のもと たけし=42歳)


野本樹里の父親であり真弓の夫。

その優しい性格からパワフル過ぎる妻の真弓に何かと振り回されているが、彼女と樹里の最大の理解者である。


北畠顕房(きたばたけ あきふさ:47歳



道明寺天満宮の現・宮司。



代々天満宮の宮司職を司る北畠家の当主にて地域の名士のお一人。



とても穏やかな性格だが、実は筋金入りのライトウィンガー(保守派)で、且つ革新的な考えの持ち主だったりする。



この道明寺の未来を憂いて道明寺まちづくり協議会に参加している。

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