第96話
文字数 1,211文字
「まあええやろ・・ここからが大事なトコやさかい。ヨォ~聞いとき」。「は・はい」。
「私はナ。まつりとかイベントが大好きやねん。けどな、終わった後が苦手なんヨ。恐ろしいくらいに寂しくなるんヨ。あぁ~これで終わるんやぁ~、皆と離れ離れになるんやぁ~っと思うとな・・なんか・・ネ・・だから、まつりの後はトコトン酒かっ喰らって騒いで意識がなくなって眠るっちゅうより、気を失うことにしてるんや。うん、それがエエねん。あんたも今日はそうしぃ。あの輪の中に入って気ぃ失う迄楽しみ。それでエエねん」と云うと、フラフラと輪の中へと歩き出して行った。
そんな真弓の後姿を眺めながら順子は思った。(この町の人たちとの別れが・・近づいている・・)。この商売は一期一会と云える。
その現場が終われば次の現場へと向かわなければならない。これまでそれが当たり前であって達成感や安堵感はその都度感じてはいたが、それ以外の感情を抱くことは無かったような気がする。だが、今日のこの感情は何なのだろう・・別れが近づいている・・名残惜しい・・いや、寂しさすら感じるこの感情は?
順子の中である種の化学反応とも言うべき、まったく新しいのか、今までどこかに隠れて居たのか判らない例え様のない気持ちが溢れ出して来ていた。
(今までの私なら、クライアントが納得して悦んでくれることが正解だった。今回もその点については間違っていなかったけど。ここではクライアントである道明寺まちづくり協議会の面々だけでなく。お客さんはもちろんだけど・・そう、出演者や関わってくれた全ての人たちが喜びを分かち合ってくれている。イベント・まつりって本来、こう云う姿であるべきなのかもしれない。それに、ここに居る人々は、私が感じた特殊・ケッタイな人たちなのではなく。
只、この町・道明寺で生まれ育ち、この町をこよなく愛しているだけなんだ。それぞれの地域・コミュニティに、それぞれの価値観が在る。それだけなんだ。
私は今まで自分の価値観こそがスタンダードだと思い過ぎていただけなのかもしれない。
異なる価値観を互いが尊重し合って融合することで生まれるモノが在る。そして解り合える。
そうか・・ここに居る人たちからすれば、私の方がズゥ~っとケッタイな人種なんだ)
そんなことを考えている順子の表情は、いつしか楽し気で和らいだ表情となっていた。
「ほら、またアレコレ考えてる。難しいこと考えんと。ハヨおいで」と真弓が笑顔で手招きをしている。「はい。今行きます」と順子、(そうだ、アレコレ考えたり感傷に耽っても始まらない。現在(いま)を楽しもう)
と思いながら真弓に向かい歩き出した。
そして二人の姿は現在(いま)を惜しみ楽しんでいる人々の輪の中に吸い込まれる様に入って行ったのだった。