第56話
文字数 944文字
「素直になって二人で話し合った・・」
すると林田が、
「そうですなぁ、話し合うたと云うよりは、向き合うたんとちゃいますかなぁ」と言った。
(向き合った・・)と順子が想いを巡らせていると北畠宮司が穏やかな口調で話し出す。
「とても不思議な光景でしたね。互いに思うところを単刀直入にぶつけ合った。しかも、目も合わさずに。そのうち互いに感情が高ぶりだし目は潤み鼻声に成って行く。お酒のピッチも上がり、終いには鼻水を啜りながら呂律も回らなくなりながらも言葉をぶつけ合ってました。初めから聞いてましたけど。会話自体は鼻から噛み合ってませんでしたね。
それでも徐々に二人が通じ合って行くのが解りました。とても論理的な会話ではないのですが、何故か二人は通じ合って行く・・まったく不思議な光景と言える所以です」
(何度聞いてもケッタイな光景だわ)と順子は思った。
北畠宮司の話は続き、
「それでも一つだけ確かに大川さんの心境が変わったと解る瞬間がありました。それは、今回のソーラーライトを大川さんの事情を知らない竹原さんが必死に探して来てくれたという話を聞いた時の大川さんの表情です。
大川さんの心の中にある様々なわだかまりが溶けて行くのを感じた瞬間でしたね」、と北畠宮司は穏やかに語った。
「竹原の行動が、少しは役に立ったんですね」と順子が言うや否や、「少しどころか。大いに助かったっちゅうか。有難いと感謝しかありませんわ」と林田が言う。
そして北畠宮司も、「彼の誠実な気持ちが、大川さんの素直になれない心を解きほぐしたのでしょう。結局、誠実に勝る術と云うモノはないのかもしれませんね」。
この北畠宮司の言葉に、それぞれが思いに耽り沈黙した。そして順子は思った、
(誠実に勝る・・かぁ・・私は、どうなんだろう・・これまで誠実に物事に向き合って来れたのだろうか・・。そのつもりではいたけど。どうなんだろう・・)と考えながらケッタイな大人たちを見詰めていた。
傍から見れば、どうしたって怒鳴り合っている様にしか見えないのだが、実はジャレ合っている大人たちと、その様子を穏やかに見守っている大人たち。
此処、道明寺天満宮の境内は、本日も頗る平穏無事・天下泰平なのである。