第76話

文字数 1,026文字

 上杉家は後継者争いの為に国力が落ちた。武田氏は滅亡。背後の脅威であった二家が力を失った今、信長は着々と天下を統一するために邁進した。

 上杉への備えとして柴田勝家を北陸方面に。西征し中国地方の雄、毛利家を屈服させるために羽柴秀吉を差し向ける。また四国統一を図るために、派兵を予定していた。四国は土佐の長宗我部氏が優勢を極め、ここを制圧せねば四国は手に入らない。長宗我部氏と長年交友がある明智光秀は、四国遠征を何とか阻止しようと考えた。

(何か策はないか。このままでは、長宗我部殿が滅亡に追い込まれてしまう)

 密かに長宗我部氏に密書を送り、何としても信長の侵攻を食い止めてみせると約束した光秀は、ただ静かに機会を待った。

 信長は家臣を信用していない。使い勝手の良い駒としか思っていない節があり、同盟者である家康に対しても本音はそうだった。

 武田氏を滅ぼした信長にとって、背後の敵はこの家康になったと感じた。いまや信長に匹敵するほどの実力を付け、もはやただの同盟者の位置に甘んじるほど家康が無欲な人間でない事を知っていた。

 だからこそ、信長は何とか機会を見つけて家康と重臣をまとめて討ち滅ぼし、ゆくゆくは徳川家をも呑み込もうと画策した。総大将を討ってしまえば、まとまりはなくなり瓦解する。桶狭間で今川義元を奇襲で討ったように、今まさに信長は家康を奸計で討ち取ろうとしていた。

 天正十年五月十五日。琵琶湖畔に建立した安土城に家康を招いて饗応していた信長は、中国攻めに赴いていた羽柴秀吉から援軍要請を受けた。

 上座で家康と並んで盃を受けていた信長は、接待役の任に就いている光秀に向け、
「日向守、そなたの饗応役の任を解く。至急出陣の支度をし、猿めを支援せよ。儂もこの饗応が終わり次第、猿めの尻ぬぐいをする。先手を務めよ」
 と命じた。

 過日、この家康への饗応役を命じられた際、光秀は厳重に人払いされた部屋で密命を受けた。それはこの安土での饗応が終わったら家康に堺見物をさせる。その後に京の本能寺で茶会を催すので、そこを襲撃し家康を討てと。

 信長が席を外した時に襲撃できるよう、突入の合図は甲賀忍びたちが務める手筈になっていた。

 (うやうや)しく頭を照れた光秀の目が、あやしく光った。

 家康を討つと見せかけて、長宗我部元親を救うために甲賀の合図を待たずに反旗を翻しても良いとの思いが、ちらとかすめた。そのような思惑を胸に抱いているなど気振りにも見せず、光秀は急ぎ坂本城に戻った。
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