第33話

文字数 1,207文字

 元亀元年四月二十三日、信長は怒りにまかせて進軍し若狭と越前の国境を越え、敦賀に進軍する。金ヶ(かねがさき)城、疋壇(ひきだ)城、手筒山(てづつやま)城があったのだが、怒濤の波状攻撃を仕掛ける織田軍の勢いはまさに鬼神の如しで、手筒山城に至ってはわずか半日で落城した。朝倉の死者はたった半日で数千人を数えたと言われており、領土の安寧に腐心して武芸にさほど励まなかった無様な姿を朝倉勢はさらけ出した。全滅に近い損害を被った朝倉勢は金ヶ崎城に籠もり、手筒山城陥落の翌日に、織田勢を迎え撃った。

 連戦にもかかわらず、勝利に沸き立つ織田軍の士気は高まる一方であった。燃え盛る闘志を更に昂ぶらせ、金崎城でも猛攻を仕掛けた。

「一人残らず殺せ。この信長に従わぬ者がどういう末路を辿るか、とくと天下に知らしめてくれる!」

 信長の怒声は金崎城に響き渡り、主君の怒りの矛先が自分たちに向けられぬよう無様な戦は出来ぬと、織田軍内は勇み立つ。剣戟の響きと怒号、大地を振るわせる軍馬の嘶き。地獄絵図が、そこに展開されていた。

 元亀二年に、信長は比叡山の石山本願寺を焼き討ちにするが、そこでは更に阿鼻叫喚絵図を繰り広げた。何しろ僧侶や無辜の女子供までをも、火攻めで焼き殺したのだから。こういった狂気とも言える残忍な殲滅戦は、天正九年の伊賀攻めにも顕著に見られる。

 己に逆らう者は将軍だろうが天子だろうが容赦はせぬ。自らを第六天魔王と名乗った信長は、日ノ本の国に住まう者ならば、決して触れてはいけない不可侵の朝廷まで、場合によっては武力でねじ伏せようとしていた。この事が朝廷との繋がりの深い朝倉家や明智光秀に、どれほどの衝撃と憎悪を植え付けたか。後年、この非道な行いが全て己の身に跳ね返ることも知らず、信長は邁進する。

 浅井家を出発した朝倉家の忍びは夜陰に乗じて、ひたすら走っていた。何としても長政から託された、内応を約束した小豆袋を朝倉義景に届けねばならない。呼吸を詰め、気配を消しながら疾走するのだ。走ることで乱れる呼吸は気配を生む。気配とは空気の流れであり臭いでもある。走れば当然ながら汗も出る。呼吸と汗の臭気を出来るだけ抑えることが肝要である。

 織田にも甲賀の忍びが飼われていることを承知していた彼は、出来るだけ急ぎながらも周囲の警戒は怠らない。忍びの足であれば一日で小谷から一乗谷までを走り抜けられる。

 激戦が続いていた手筒山城の喧噪を尻目に走り抜けようとして、彼は足に何かが絡みつく感触を覚えた。あっと思ったときには己の身体は前のめりになるが、そこは忍び。瞬時に両手をつき転倒を免れる。そのまま肘を大きく曲げ、反動を利用して身体を後ろに仰け反らせることで、襲いかかってきた白刃を躱す。

 敵の刃を利用して足に絡みつく鉤縄を切ると、脱兎の如く駆け出す。窮地を脱したかに見えたが、すかさず頭上から投網が降ってきた。一度捕らえかけた得物を易々と逃がすほど、甲賀の忍びは甘くない。
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