第37話

文字数 652文字

 六角氏が長光寺城周辺の水路を断ち切り、兵糧攻めの一種を行ったときである。城内の井戸も涸れ、柴田軍は飲み水にも欠くようになってしまった。六角氏は勝利を確信し、降伏するよう使者を向けたが……戻ってきたその使者は、城内では惜しみなく兵達が水を使っていると報告してきた。

莫迦(ばか)な、ありえぬ。もはやあの城に水など残っておらぬ筈」

 動揺した六角氏は、ここで冷静な判断を欠いた。このままぐずぐずと攻めていては、いつ信長が援軍を寄越して来るや判らない。焦った六角氏は包囲網を解き、一気に城へ雪崩れ込む作戦に切り替えた。

 勝家はこれを待っていた。

 愛用の槍を手にすると、城内に残る全ての水が入った水瓶をいくつも並べさせる。

「よいか、我らは二度とこの城に戻れると思うな!」

 全ての兵に聞かせるほどの大音声で勝家は言うと、槍の石突きで全ての水瓶を叩き割ってしまった。

「我らには戦場で死ぬか渇きに飢えて死ぬか、ふたつにひとつ。同じ死ぬならば、一人でも多くの敵を道連れにしてやろうではないか。閻魔への手土産は、多い方が良かろうぞ!」

 柴田軍には水が一滴もなくなった。大将自らが見せたこの気概に、城内の兵士は残らず奮起した。決死の働きは、層倍の気迫と力を生む。

 長光寺城を背にした柴田軍は倍以上の六角軍を散々に討ち取り、他の出城を守っていた将たちとも合流し、遂には六角氏を滅亡同然にまで追い込んでしまった。これが、柴田勝家の勇猛さを物語る『瓶割り柴田』の逸話である。

六角氏は甲賀忍びを頼って逃げ、二度と日の目を見ることはなかった。
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