第53話

文字数 1,224文字

 朝倉を滅ぼした信長は、軍の一部を始末に残すと本格的に浅井との決着を付けるため近江にとって返した。横山城城主となった木下秀吉に、小谷城攻略の先手を命ずると義景の母と側妾、まだ幼子の愛王丸を死刑に処した。残酷なようだが、負けたら女子供でも後顧の憂いを徹底的に絶つのが信長のやり方。ましてや浅井裏切りの原因となった男の関係者ならば、助命嘆願など端から聞く耳など持っていなかった。
 
 織田の大軍が、小谷城下を完全包囲した。じりじりと真綿で首を絞めるような包囲網は、言い表せぬ重圧を浅井軍に与える。峻険な小谷城に籠城した方が賢いと判っているのだが、こうも完全に包囲され城下も焼かれては討って出ざるを得ない。

 七月二十六日、信長は虎御前山に本陣を構えると総攻撃に備える。翌二十七日、秀吉率いる三千の兵が夜半に長政が立て籠もる本丸と、長政の父・浅井久政が籠る小丸との間にある京極丸を占拠し父子を繋ぐ曲輪を分断することに成功した。

「持ちこたえよ。ここを落とされては本丸は丸裸にされてしまう。ここで滅ぶわけにはいかんのだ!」

 隠居したとはいえまだ五十代の久政が、声を嗄らして下知する。久政を守る八百余の兵士たちは、必死に尾根の裾から山腹から湧き出るような織田軍を必死に食い止める。ある者は腕を飛ばされ、ある者は首を刎ねられて。多勢に無勢の籠城戦は、徐々に徐々に久政を追い詰めていった。

 やがて立て籠もる小丸にも織田軍が押し寄せる。

 剣戟、怒声。それらが響く中、久政は無念の臍を噛みつつ、切腹の支度を整える。

(儂が間違っていたのか……長政の言うように、朝倉との縁を切り織田との同盟を強固にしておれば、このような憂き目を見ずに済んだのか。許せ長政。この耄碌した父を許せ)

「首をとれ、狙うは浅井親子の首だ!」

 織田勢の怒号が小丸内にこだまする。追い詰められた久政は、敵に首を取られる前に自刃して果てた。

「申し上げます、小丸にて、大殿が」

 伝令が本丸にいる長政の許にやって来た。本丸に立て籠もる兵も、五百余り。総大将を守る将兵だけあって、しぶとく織田勢をしのいでいるが陥落は時間の問題だ。長政は信長が虎御前山に本陣を構える直前に、嫡男である万福丸に供をつけて密かに城外へ逃がした。三人の姫たちは、信長にとっても実の姪に当たる。命までは取らぬだろうと判断し、万福丸と共に城外へ出していない。

 長政の正室は信長の妹。織田軍としても、お市を死なせたくはない。故に信長は木下秀吉を使者にたて降伏勧告をする。本丸に通された使者を、例え敵であろうと即座に殺すことは許されない。ましてや秀吉のように、ある程度名のある武将を即座に斬り伏せたならば、浅井家の家名は卑怯者の汚名を着ることになる。

 織田側も使者をないがしろにされて、黙っているはずがない。怒濤の総攻撃が敢行されることは火を見るよりも明らかだった。そうなれば、お市も自害して果てる。信長は何としてもお市と姫三人は、助け出したい。
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