第63話

文字数 1,134文字

 佐助も、できるだけ敵を於小夜に近付けまいと奮戦する。猿飛(さるとび)の二つ名に恥じぬ敏捷さで木々を飛び移り、上から手裏剣を投げつけ攪乱する。

 襲ってきた敵は四人。いずれも於小夜が織田家に行く前は年端もいかぬ子供で、忍術の基礎訓練を受けていた者たちだった。しかし十三年の月日は彼らを大人にし、ひとかどの忍びに成長させていた。

「おなごの動きが鈍いぞ、やれ!」

 佐助が繰り出す斬撃を皮一枚でかわした忍びの、最期の言葉だった。佐助は二人を斃したが、一人には深い手傷を負わせることしかできなかった。残る一人は於小夜と斬り結んでいる。男の力に対抗するために両手で刀を握り押し返そうとするが、腹に力が入り負担がかからぬかと、余計な心配が脳裏をかすめてしまう。

「死ね、裏切り者」

 左腕を佐助によって斬り飛ばされた男が、狂気の目で於小夜に迫ってくる。

「於小夜さま!」

 佐助が三人目の首を斬り付け、叫ぶ。手裏剣を飛ばそうにも、彼の手許にはもう一枚も残っていない。首筋から鮮血を吹き出している相手から奪おうにも、敵はまだ僅かに残る意識をふりしぼり、小柄な佐助に抱きつき動きを封じてしまった。

 於小夜に防ぐ手段はない。左側から猛然と突き込んでくる、隻腕の男。

(まだだ、こんなところで私は死ねない)

 目を見開き、思い切って手にしていた忍び刀を手放すと同時に、右斜め後方へ大きく飛んだ。於小夜と正面から斬り結んでいた男は、突然拮抗する力がなくなり前のめりになる。そこへ左から突っ込んできた隻腕の男が、於小夜に振るうはずだった斬撃を味方の首に見舞ってしまう。

 音を立て地に転がるそれに動揺する敵の隙を、見逃す於小夜と佐助ではない。於小夜は手裏剣を投げ打ち、佐助は力が不意に抜けた敵を突き飛ばし、振り向きざま顔面を叩き斬った。隻腕の男の残った右腕を斬り落とし、心臓に刀を突き立てる。

「於小夜さま、無事ですか?」

 しかし彼女は、腹を押さえてうずくまっている。呼吸も荒く、よく見ると脂汗を額に滲ませていた。闘争の興奮で血の道を上げ、ややこに障りがでたようだ。

「これはいかん。於小夜どの、横になりなされ」

 本来ならば夜露に濡れる草の(しとね)はよろしくないのだが、場合が場合だ。落ち着くまでは仕方がない。佐助は息絶えている四人の刺客たちから手裏剣の袋と、まだ刃こぼれしていない忍び刀を奪い取り、自分と於小夜の備えとした。

 苦しさに呼吸を抑えようにも抑えきれず、於小夜は気配を生み出してしまう。佐助はじっと息を殺し、周囲の闇に目を配り追っ手が現れないことを切に願った。

 空の様子から、もう一刻もすれば東雲になろうかという頃だ。

 焦れるような、神経をすり減らす時間が刻々と流れる中、於小夜の押し殺した荒い息遣いだけが微かに響く。
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