第27話 VS底なしの悪意

文字数 3,684文字

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不正上等の悪漢たち―――
スポーツマンシップの欠片もない敵が相手だったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 寒天より降り立つ白髪の老者。
 全柔道連盟が公認する柔道審判員は、審判の技能、知識、資格の有無によってランク付けされ、Sライセンス審判員、Aライセンス審判員、Bライセンス審判員、Cライセンス審判員の4つがある。
 審判寺一族の人間は、Sライセンス審判員よりも()()()()()()
 日本に4人しか存在しない、柔道の番人とも呼ばれる一族。
 柔道絡みの揉め事・事件が起きた際に、それらに介入し、柔道の審判を務めることで、試合に勝利した人間の願いを叶え、問題を解決していく業務を行う審判時一族。
 その決定権や実行力は、時に司法の壁をも超えていくとされており、柔道社会のルールすらも捻じ曲げてしまえる、絶対的な力を有している。
 その一族の人間であり、長き時を生き続けている審判時一郎(しんぱんじいちろう)
 彼の登場に、この場の人間は驚きを隠せずにいる。

「なななっ!? なぜ審判寺(しんぱんじ)一族がっ!? ……っ!! 小市民、貴様ぁ!!」

「理事長は理解が早くて助かるよ。まさか、僕達が考え無し(ノープラン)でここに来たと思っていたのかい? 見くびられたものだよ。まあ……かなりの出費にはなったけどね」

「ぐぅぅ……!! これじゃ柔道をしなければいけないじゃありませんかぁ!! 聞いてないですよぉ"ぉ"ぉ"!?」

「……熱くなるのはいいが、そろそろ決めてもらいたいのぉ。各々、自分達が試合に勝ったら何を要求するのか……早く教えて欲しいわい」

「僕、ルーカス・ジョンソンは、財前富男(ざいぜんとみお)が自首をして、法で裁かれることを望むよ。贔屓のない平等な裁判を行って欲しいな」

「あいわかった。して……そちらの太っちょは、一体何を要求するのかのぉ」

「ぐぅぅ……!! ……っ!! 審判寺さん、これは何を要求しても良いのですか?」

「そうじゃのぉ」

「どれだけ無茶苦茶(ヤバ)い要求でも?」

「ああ。我々には、あらゆる要求を実行できる力があるからのぉ。大概の事はできるぞ」

「なら……ワタクシが今まで行ってきたありとあらゆる悪行を、あの外人コーチが行ってきたことにして下さいっ!!」

「……罪をなすりつけるという意味かのぉ?」

「はぁぁぁぁい!! 良いですよね? 喧嘩(かまし)てきたのは向こうなのですから、このくらいの要求はいいですよねぇ!?」

「……ああ、問題ないぞ。では……互いに要求が決まったことじゃし、準備に取り掛かろうかのぉ……試合開始は10分後、それまでに各々体を作っておくことじゃな。試合形式は勝ち抜き戦じゃ……()()()()()()

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 試合に向けて、各々ウォーミングアップを行っていく武道家達。
 側では審判寺一族の部下らしきスーツ姿の男達が、畳を運搬しており、即席の試合会場を作り出している。
 青桐(あおぎり)は、体を動かしながらジョンソンヘッドコーチから詫びの言葉を受け取っていた。
 
「さて……結局戦うことになったけど、気を取り直していこうか。それで肝心の相手なんだけど……財前理事長以外は知らない顔だね。誰か知ってる?」

「……ん? アイツら……」

「青桐さん、知ってるのかい?」

「地下造船所で見た顔だな……数字アレルギー、中二病、赤ちゃんプレイ、マザコンだった気がする……あんときは(しょぼ)かったから大したことないはず……あぁん? んだあの注射器」

 たまたま青桐の目に入って来た物体。
 何やら注射器のような物で、中の透明な液体を体内へと注入しており、敵の5人全員が同じことを行っている。
 
「何してやがんだ、アイツら……?」

「……9割9部9厘、俺の出番だな。分析がてら、先陣を切って来よう」

 片眼鏡を外しながら、団体戦の先鋒に名乗りを上げ赤い畳の淵に立つ伊集院(いじゅういん)
 対戦相手である赤ちゃんプレイも、場内と場外を区別する赤い畳の前まで歩みを進めると、相手に一礼し場内へと進む。

「テメェが俺の相手かぁ……随分とヒョロイ奴だなぁ!? 可愛がってあげまちゅよ~!!」

「ふっ……赤ちゃんプレイ。青桐、9割9分9厘そのまんまの二つ名(あだな)を付けたな」

「ばっぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! この前の青髪といい、揃いも揃って俺の事を……!! 後悔しても知らないでちゅよぉ"ぉ"ぉ"!?」
 
「おい、もういいかのぉ? では始めるぞ……!! 神前に礼!!」

懇願(おねがいしゃっす)!!」

「お互いに礼!!」

懇願(おねがいしゃっす)!!」

「……開始(はじめ)っ!!」

「こい……!!」

「しゃぁぁぁぁぁ!!」

 静かに呟く伊集院に対して、静寂のベールを裂く傭兵。
 襲い掛かってくる敵の戦いを見極めるため、伊集院は地面を踏みしめ氷の絨毯を生み出す。
 氷原に行動の自由を奪われるはずだった敵の赤ちゃんプレイ。
 一瞬足止めを食らうも、へばりついた足を力づくで畳から引きはがし、強引に真正面から組手争いを仕掛けに来る。
 
「……ほう」

(へちょ)すぎでちゅっ!! この程度の薄氷でぇ~~俺は止められんでちゅうぅ"ぅ"ぅ"!!」

 けたたましく吼える男は、野生動物と錯覚するような腕力で、伊集院の横襟と中袖を握りしめ、彼を場内で時計回りに振り回していく。
 腰をクの字に曲げ、両足を畳に突っ張るようにして抵抗する伊集院。
 彼も赤ちゃんプレイと同じ道着の部位を握りしめ、足を止め膠着状態に入る両者。
 その場で相手の様子を窺う2人だが、敵より先に、伊集院の息が通常よりも早いペースで上がっていく。
 現状を見極めようとするジョンソンヘッドコーチは、隣で試合を見届けている大原(おおはら)に、いくつかの質問を投げかけていく。

「……大原さん、敵は随分力自慢みたいですね」

「そうですね……ただ……ちょっと非常識(おかし)くないですか? なんかこう……人間離れしているというか」

「Yes、僕も同じことを考えていたんだ。青桐さん達は手練れだからね。大して鍛えて無さそうな敵の肉体(フィジカル)と、ここまで差が出るなんて非常識(おかしい)んだよね」

肉体(フィジカル)……あ」

「ん? 青桐さん、何か心当たりがあるのかい?」

「柔祭りで戦った相手の中に、禁止薬物使用(ドーピング)してた奴がいるんすけど……そいつも馬鹿みたいに(パね)ぇ腕力をしてたっすね。もしかしたら……」

「さっきの注射器は、そう言う事かもしれないね。ふぅん……力じゃちょっと分が悪いかな? でも柔道は力だけじゃ……」

「ばぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! 八雲刈(やくもが)りぃ"ぃ"ぃ"ぃ"!!」

「……っ!! 青桐さん、大原さん、アレは……!!」

「あ"ぁ"!? 柔皇の技っ!? この前の地下ん時は使ってこなかったじゃねぇかっ!?」

 目前の幼い言動を繰り返す野生動物を、重心移動や足指の力の掛け方で抑え込んでいた伊集院。
 力だけの生き物なら、技術力のある人間にかなうことは無い……
 だが、ここである1個の仮説が生まれる。
 動物が人間と同じ技術を使ってきた場合、人間は対処できるのか。
 猿やゴリラが、柔道の技を使って攻め立てて来た場合、果たして人間は上手く捌くことが出来るのか。
 伊集院の相手をする赤ちゃんプレイは、洗練さの欠片もない動きから、力任せに柔皇が現役時代に使用した足払いを繰り出す。

「……ちっ!!」

「ばぶぅ"ぅ"ぅ"ぅ"!! 薬物(ヤク)パワー全開でちゅよぉ"ぉ"ぉ"!!」

 青桐が連撃の初動によく使う技、八雲刈り。
 彼の足払いが太刀筋の鮮やかな居合斬りなら、赤ちゃんプレイが使うこの足払いは、ハンマーで殴りかかって来るような打撃に近い技である。
 強化された肉体によって破壊力抜群の技へと昇華させた彼は、自分の右足で伊集院の内側の右足かかと付近をを力づくで刈り取ると、右手を横襟から後ろ腰の帯を捕るように回して握りしめる。
 体をねじりながら伊集院の左足の内側を払い上げるようにして投げ飛ばす内股を繰り出すと、ゴミを投放り投げるかのように、伊集院を背中から畳へと投げ捨てていく。

「一本っ!!」

「だばぁ"ぁ"ぁ"!! 薬物(ヤク)の力は(パね)ぇでちゅぅぅぅ!!」

「おほほほほっ!! よくやりましたよ、赤ちゃんプレイっ!! 100万っ!! ボーナス100万円を、後で差し上げまぁ"ぁ"ぁ"すっ!!」

(はぁ~勝った、勝ちましたよこの勝負っ!! まあ、禁止薬物使用(ドーピング)しているので、勝って当たり前ですけどねぇ!? ……勝ち抜きの団体戦は、どちらか5人が先に倒されるまで続く試合形式。先に勝ってしまえば、後は全部引き分けでワタクシ達の勝利ですよぉ!! さあさあ、金にもならないスポーツマンシップなんて完全無視(シカト)してぇ~~~勝ちにいっちゃいますよぉぉぉ!!)
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